心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活の日々に思うことを綴ります

私と仕事

2017年9月。36歳目前。

トリプルワークで生きている。

 

自分のことを仕事遍歴をベースにつづってみよう。

 

2004年3月。

22歳で専門学校卒業後、学生寮を出て友人の家で居候生活をしながら、その翌年2月までの一年弱フリーター生活をしていた。

 

 

2005年3月。

Tシャツのプリント工場でプリントTシャツを作ってた。

翌年の4月まで約一年ほどだったが、精神的な限界に達し、逃げるようにというか逃げた。初めての挫折だった。ここから投げやりになって1年ほど悪の道に進む。

2006年。24歳の5月。

悪質出会い系サイトのバイトをやり始める。

2007年4月。

卒業以来の狂気染みた生活が嫌になり、適当に辞める。

すべてが適当だった。

 

5月から8月までの4か月間ニートになる。

ベッドの上でラジカルが終わるまでごろごろして、そのあとは夕方まで適当に過ごして、夜は酒を飲んでいたんじゃないだろうか。記憶が薄い。

落ちるところまで落ち、「まっとうに生きたい」という願望を人生で初めて得るにいたった。

 

25歳9月

26歳の誕生日を目前にして、大手通信会社の短期派遣職に御縁を頂く。

これをきっかけに同社のバックヤード部門でマニュアル作成の仕事に就くことになる。

いきなりスーツ着た会社員みたいになっている自分が滑稽で可笑しかった。

転々といろんな環境を転がり続ける自分に疲れていたこともあり、ここでしばらく落ち着きたいと思った。

ありがたいことに、まっとうな職場環境で、人間関係や忙しさに追われるようなこともない落ち着いた日々が始まり、気が付いたら3年経ち契約期間を満了。

2010年。29歳の10月になっていた。

 

転職活動が難航し、11月から翌年2月までの4か月間無職に。

職務経歴書を携えて面接におもむき、自分を売り込むという経験は人生初めてだった。

2月にようやく4月以降の仕事が決まり、3月の一か月間、大手監査法人で短期のデータ入力業務に従事させて頂けることになった。

このとき東日本大震災を経験する。

 

4月。

もといた通信会社のグループ会社で資料作成の仕事をスタート。

若い女の子が多く、学校みたいな雰囲気。

女性社会特有の人間関係のもつれが付きまとう職場。

数字を扱う仕事に全然慣れることができず、苦心していた。

仕事を覚え、職場の役に立てるようになるまではやり抜こうと思って続けていたら、3年半の月日が経っていた。

33歳目前。

この環境下での仕事はマスターし、人として学ぶべきこともクリアできたような気がした。

もう良いだろうということで、再び転職活動。

 

2015年1月。

会社に退職の意向を告げる。

3月。

社会貢献度の高い仕事を求め、健康食品の普及を進めている会社の営業職に内定。

4月。

営業職をスタートするため運転免許を取りに新潟の教習所へ合宿に。

5月。

入社するも詐欺まがいの営業方法や、その他さまざまな要因に不健全さを感じ、二日で退職。再び無職。

5月末。

格安スマホ専門店の企画運営をしている社内ベンチャー部門でマネージャーのアシスタントとしての仕事を得る。

必死になんでもやった。事務。マーケティング。MD。DM作成。新企画立上げ。いろいろ。

日々はめまぐるしく過ぎていく。できない仕事ができるようになっていく達成感とストレスのはざまでとにかく疲れていた。

9月

2007年からふいに始まった会社員的な生活は気が付いたら8年続いていた。

シルバーウィークに八戸に帰省し、田舎の風景を目にした瞬間、都会に疲れている自分を発見する。

「会社員としての自分は本当の自分ではない。」心の声は日に日に大きくこだましていく。

34歳を迎えていた。

 

続く

http://ssktmnr.hatenadiary.jp/entry/2017/09/26/114217