心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活において起きる心の変化や動きをスケッチしています。心の変化後に起きる現実の変化や奇跡といった結果よりも、「どういう心の変化がきっかけで自己変革をできたのか」という原因にフォーカスした描写を試みつつ、あれこれ自由に綴っています。要は信仰に基づく自己変革の実況中継と日々のあれこれです。

無為自然と向上心

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覚え書き

焦らない。

道を大切に。

縁を軽んずる者は結果として貧しくなる。

それは報恩の心によるものなのかを問い直すこと。

虚栄心は簡単に入り込む。

 

余白を求める心

最近なまけたがっている。

こたつでゴロゴロしたい自分です。

というより実際にコタツでごろごろしながらの晩酌がここ二日間続いている。

バランスを欠いている。

なまけたがっているというより、仕事しすぎなのか。

忙しく予定ばかりが入っていて、余白を欲しているんだ。そうに違いない。

年末だというのに一向に仕事がなくならない。

毎年年末はゆっくり東北を鈍行列車で巡るのが楽しみなのだが、今年はそうもいかなそうだ。

1月か2月か、必ずやのんびりした旅をするんだ。

都会で仕事ばかりしていると情緒が失われていく。

雪深い東北の山間を乗客のほとんどいない小さな電車で走っている瞬間が幸せだ。

そこに暮らしている人にとっては当たり前の風景なのかもしれないけど、自然の中に生きている感覚が蘇り、嬉しくなる。

 

自然は自分に対して何も要求していない。

 

どこまで行っても人や建物に囲まれた生活をしていると、本来の伸びやかな心をどうしても忘れてしまう。いつも何かを目指しているのが当たり前で、理想に向かって努力する毎日が続く。

「こうしなくてはいけない」

「こうあらねばならない」

いつから自分はこんなに窮屈になってしまったのだろうか。

 

向上していこうとする心と、あるがままの自然な自分を融合したい。

でも、すくすくとのびやかに成長していくだけが自然の姿ではないだろう。

風雪に耐える冬もあれば、艶めく青葉を豊かに茂らせる夏もある。

自分の心の季節を知って、しかるべく耐え、あるいは栄えることがバランスの良い自然の状態と言えるのかもしれない。

 

今自分の心は冬の静寂を欲している。

忙しい日々の中において旅人として生きられない悔しさにも耐え、静かな心にあの山間を走る鈍行列車の景色を描こう。