心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

奇跡の連なり

f:id:ssktmnr:20171224121707j:plain

目標の進捗を確認する

年内に作品を作る生活スタイルを確立するという目標があった。

 

ブログ形式で色々思うままに書いてみているが、作品というには及ばない。

下書き程度のものをここでどんどん世に出していけばまずは良いと思っている。

心のなかに眠っているものを吐き出し続ける過程で、作品につながっていくテーマや眠っていた発想が浮かび上がってくるかもしれないしね。

 

とりあえず9月に立てたこの目標はなんとか形になった。

なにより目指すものを明確にできたことは大きな進歩だ。

 

だがここにきてある種の達成感からか、怠けてきているような気もしている。

怠けているとまではいかなくとも、攻めの姿勢ではないなと感じている。

「これだけやったんだから良いでしょ」

ていうような小さく出来上がって自己満足しようとする自分がいる。

 

「こうせねば」みたいな圧迫感の下で追われるように前ヘ進んで行きたくはないものだ。心底楽しみながら、ワクワク感を原動力に進んでいこう。

 ふと思い出された出会いが今をもたらしていた

一年前の今頃を思い出す。

 驚くべきことにまだ洗車のバイトをしていた。

もっと昔のことのように思えるから不思議だ。

 

「洗車のバイト」とは会社勤め生活の最後の時期に掛け持ちでやっていた日払いの仕事なのだが、そういえば会社勤めの生活を辞めるきっかけはこのバイトで出会ったラーメン屋のお兄ちゃんとの会話から頂いたものだった。

そんなに深刻な会話をしたわけでは決してないのだが、彼との出会いがあったから今があるのは確かだ。

当時の日記を手掛かりに記憶を掘り起こす。

 

2015.5.15㈮

転職に手こずって経済的なピンチを迎えつつあったので、きちんとした仕事が見つかるまでの間の”つなぎ”として見つけた日払いの仕事が洗車のバイトだった。

バイト初日のこの日、メインの仕事ととなる派遣先への採用通知の連絡を頂いた。

 

バイトは不要となったのだったが、小遣い稼ぎにはいい仕事かなとも思ったので、その後も休みの日に手伝う感じで続けていた。

7年ほど前から会社で資料ばかり作る日々が続いていたが、晴天の下で体を動かして車を洗う

っていう単純な仕事は、役に立つのか立たないのかよくわからない書類づくりよりも成果が見える喜びがあったし、一日中オフィスのなかにい続ける日々から解放されるような心地よさがあった。

小遣い稼ぎや金欠を目的として集まってくるいろんな人たちとの出会いも面白みがあって意外と二足の草鞋は長持ちしていた。というより、メインとなっている会社で抱えるストレスを癒す場として欠かせない時間となっていた。

この二つの仕事を通して自分が望んでいる幸せな生き方はいったい何なのかを日々考えるようになっていった。

 

メインの仕事は多難ながらも上司からは高い評価を貰えるようになっていた。社員以上によく頑張っている派遣社員と呼ばれ、入社4か月目にして派遣社員から直接雇用へ早々に切り替える方向で部長も会社に働きかけてくれていた。

依然会社員生活そのもののストレスは強かったが、仕方のないこととして、割り切って受け入れようとしていた。

 

奇跡は瞬間に起きている

 

2015.10.3㈯

この瞬間においてそのような運命の転換が始まっていたなんて思てもみなかった。

 

その日洗車のバイトで出会ったのは2つ下のラーメン屋のお兄ちゃん。何年か前にこのバイトでお世話になって、今もごくたまに小遣い稼ぎに来ているのだとか。

昼休憩を2時間位取れる現場だったので二人でガストでまったり過ごしていた。

聞けば休みの日はいつも酒飲んで終わりっていう自分とたいして変わらない感じの生活をしているようだ。

 

「今日も洗車終わったら飲んじゃうの?(笑)」

「いや~。実は今日はそれどころじゃないんですよ」

「何かごたごたしてんの?」

 「はい。実はありまして(笑)。」

 

どうやら彼女と喧嘩中らしく、そのきっかけは彼がラーメン屋として独立を考えているということを昨晩飲んでるときにポロっと言っちゃって、それについての説得が必要なんだとか。

彼女は今の安定した会社員としてのラーメン屋の彼となら結婚するけど、独立は不安定だから絶対にないという考えらしく、彼としても独立はしないから安心してくれという話をしていたのだけど、独立した周りの先輩の話を聞かされるたびにどうしても「自分も」という気持ちが強くなっていたんだとか。

 

「重いね(笑)」

「重いっす(笑)だから飲んでる場合じゃないんです。」

 

その後、洗車バイトの社長も合流してこの話で盛り上がる。

社長は若くして独立している立場から説得力のあるアドバイス

 

「師匠もやりたいこと何かあるの?」(社長からは師匠とあだ名で呼ばれている)

「そうですねー。いろいろありますねー・・・。」

そう答えたあたりで頭で理解できない悲しみが心から湧きだし始めた。

なぜ悲しいのか解らないのに、確かに悲しかった。

当時の日記にはこんな風に書かれている。

f:id:ssktmnr:20171224121848j:plain

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

悪いのは職場環境や仕事内容や人間関係ではない。

自分自身を理解せぬまま利口な理屈で道をごまかしている自分への不誠実さ。

真に正直生きようと何故真剣に考えない。

理屈で丸め込もうとしたところで己の心は変わらない。

だから苦しいのだ。

生みの苦しみと自己否定の苦しみを混同するな。

この悲しみは自分の人生を自分で歩めていないことに起因する悲しみなのかもしれない。

自らの意思で生きる人たちとの時間をきっかけとして、閉じ込められている本当の自分が、意識の表側に出てこようとしているようなきがしてならない。

もう解放してあげたい。

本当の自分のままに生きたい。

仮の世界 仮の人生 仮の仕事

いつになったら“仮”はおわるのか。

苦しいと思っていても、忙しさのなかにその心の叫びを埋没させて、聞こえないふりをする。

本当は”こうしたい”ていうビジョンが、全然違う所にある。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

この日の出会いによって訪れた“悲しみ”は本当の自分との出会いでもあった。

翌日の日記には自分がやりたいことが書かれていた。その時の自分には何一つできていないことばかりが、マッチ売りの少女が擦るマッチの炎のようにはかなく描かれていた。

f:id:ssktmnr:20171224121922j:plain

 

そして週明けの月曜日。これまでの会社員生活を続けるイメージを描くことがどうしてもできず、体を動かすこともできず、会社を休んでいた。

本当の自分に出会った今、自分をごまかすことはできなかった。

退職の意思を上司に告げ、契約満了の12月で契約を更新せずに退職することになったのだった。

 

もし、このバイトに出会わなかったら。

もし、ラーメン屋の彼が前日に酔った勢いで自分の夢を漏らしていなかったら。

もし、勤めている会社がもっと心地よく、ストレスの感じにくい環境だったら。

今思うとその一つ一つの連なりによって今の自分がかろうじて成り立っている。

意図的ではないにせよ、自分に関わる全ての人は自分を新しい未来へと運び届けてくれていた。

 

今の自分はやりたいことをようやくやり始めている。

ここに至るまで、自分自身と向き合う作業に必死だったように思っていたけど、実際にはたくさんの人たちの助けによって導かれていたし、それは目に見えない霊的存在の助力によって実現していたことなのだと確信している。

まさに奇跡であり、自分だけの力で達成したことなど何一つないのだ。

 

運命を大きく左右するようなきっかけは、取るに足らないような出会いのなかに潜んでいることが多いように思う。

別れが近づいている今だからこそ、出会いの尊さに思いをはせているのかもしれない。

 

なんとなく1年前を振り返ろうとしたところで浮かび上がってきたことを長々と綴ってみた。

年末になって自分自身の達成感に酔いかけていたが、その陰でたくさんの出会いと導きがあったことを忘れてはならない。

その尊い橋渡しによる自己実現こそが本物の自尊心となって自分を強く生かしめる力となるのだから。