心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活において起きる心の変化や動きをスケッチしています。心の変化後に起きる現実の変化や奇跡といった結果よりも、「どういう心の変化がきっかけで自己変革をできたのか」という原因にフォーカスした描写を試みつつ、あれこれ自由に綴っています。要は信仰に基づく自己変革の実況中継と日々のあれこれです。

信じる人の世界

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だらだらと過ごす日々が終わり、泥沼の淀みのなかから水面に顔を出した感じで、何か頭がスッキリしている。

祈りを通してより良い一日、より良い一週間、より良い一年間を過ごせるよう自らを守護する霊存在へお願いをしよう。

幸福の科学では、一年の初めに「四弘誓願」という、その年一年の誓いを立てる式典が新年に執り行われる。

今年元旦に立てた誓いは”天上界の守護霊指導霊、魂の兄弟たちと手を携えて使命を立てる”というものだった。

※参考

守護霊とはどんな存在?【霊的世界のほんとうの話】 | 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト

元旦に東京正心館へ行って四弘誓願の紙を渡されて「あ、そうか。何か書かなきゃ。」という感じでその場で浮かんだ言葉をそのまま書きつけたのだが、彼らに対する祈りを通さずして、小さな自分一人の力で成し遂げられることなどたかが知れているというか、何もできないと思う。仮に何かできたところで大して価値のあることはできないだろう。彼らの存在を信じればこそ成し遂げられる一年の歩みを日々に繰り返していきたい。

信仰の価値

「信じない」とか「信仰を持たない」ということは世間一般にある常識や、もしくは自分なりの人生観に基づいて生きることを意味するのだが、自分の理解の枠の中でしか生きられないなんて僕にとってはこの上ない不自由に感じる。

信仰の対象となる仏や神が不自由な教えを説いているのだとしたら、信仰は不自由で抑圧的なものになっていくだろうが、ありがたいことに幸福の科学で説かれる教えは自由で開放的なものになっている。学び信じるほどに、世間の常識に縛られていた自分がより世の中に貢献できる形で自由に個性を開放していくことができる。したがって信仰を捨てて自分の認識力に頼った狭い人生観のなかに閉じこもるなんてとても耐えがたいことなのだ。

「信じる」という行為を通してのみ、自分が預かり知ることのできないより広い世界を、より偉大な力によって生きていくことができる。どんなに知識を増やそうが、経験を深めようが、信じずして決してたどり着くことのできない世界が広大にある。そういう世界観の中で大らかに生きぬいていきたいと切に願う。

信仰を持ち続ける理由は他にもあるが、人生観のスケールという観点でひとつまとめてみた。

というより守護霊からのインスピレーションに基づいて書いているのだと思う。(毎回何書くか何も

考えてないのだが、書いてるうちに勝手にまとまってくる)

もっと膨らまして長文にすることもできるテーマに思うがきりがなくなりそうなのでここで今回は切っておこう。

また改めて別の観点からも考え方をまとめて記事にしてみたいと思う。