心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

出会いと心の関係

f:id:ssktmnr:20180130124159j:plain

とにかくすんごくねむーい

3時間睡眠で火曜日は始まり、5時から23時までがんばるぞー。

 

寝る前にご飯食べたおかげで目が覚めない。

でもがんばろー。

 

まる一日仕事をしていると時間を無駄に使ってしまったような気がして、悲しくなることがある。

決して無駄ではないのだろうが、作業に忙殺されて何も新しい価値を生み出せないまま1日を終えてしまうことが、悔しいのだ。

そんななか仕事中に出会う人達との暖かいやりとりは本当に有り難い。

 

昨日お会いした来日10年のネパール人男性はとても物腰が柔らかく、気さくさが光るジェントルだった。

彼がタクシーを拾うまでの間の短い時間を和やかに過ごさせて頂いたのだが、最近こうした一期一会の暖かい出会いが増えてきている。

初夢が暗示していたように、自分自身の心の壁が取り除かれているようだ。

 

ssktmnr.hatenadiary.jp

 

今までは自分と他人との間にもっと距離があるのが当たり前で、一定以上の距離を越えて近づかれるのを警戒していたのだけど、今それがなくなっている。

この変化はこの場を借りて自分の心の内に留めていた世界を外に出すほどに、どんどん促されていくようだ。

関心を持った領域に応じてその領野の霊的な世界が近づいてくるというか、縁ができて、その分心の器ではないのだがルートが広がっているようだ。

結果、今までになかったような人とのつながりが容易にできるようになっているのだと思われる。たぶんなのだが、これって人との繋がりに限らず、引き寄せ的な現象にも関係があるような気がする。ざっくり仮説を立てるなら、富の領域に関心を持って記事を書き始めるとすると、その領域のエネルギー波長と同通して、富の引き寄せが起きる。ていうことが起き得るのだと思う。これは今後実験してみようと思う。

 

初夢辺りの話の流れに船を戻すが、ここ1ヶ月くらい「心の交流」という言葉が脳裏をちらつく。

最近仕事をしていて不意に誰かに話しかけられて談笑をする、というようなことが頻繁に起きるようになってきていて、人とコミュニケーションをとる楽しさの実感が強められている。

仕事は基本一人仕事なので、誰かとの会話は受動的でしかないのだが、せっかくならもっと心の交流をできるような仕事をしてみたら楽しいんじゃないかと思い始めているのだ。

 一時は深い人間不信に陥って、無機質な書類づくりで一日を終えるような日々が当たり前のように続き、それが自分にとっては気楽な社会との関わり方になっていた。

すべての人間に対してそんな距離感で付き合っていたわけではないが、当時の僕はきっと”一見さんお断り”な雰囲気を醸し出していたと思う。

 「佐々木さんって最初話しかけるの怖かった」というようなことはよく言われていた。

たぶん今はそういう雰囲気がなくなっているのだと思う。実際どこにいてもガンガン話しかけられちゃうし。

さて、どういう仕事が自分に相応しいのだろうか。

今の仕事の中でも、それなりに人とのかかわりがあるけれど、もっと沢山の人と出会いたい感じがしている。

出会いの中で人間の多様性、個性の豊かさを知って、それを作品に生かしていきたい。

 

なんて考え方で職業をころころ替えるのがだんだん普通になってきた(笑)

初対面の人に「お仕事はなにをなされているんですか」とか聞かれると本当に困る。

久しぶりに連絡を取った後輩に「ぱいせん今何やっているんですか?」と聞かれ、普通に応えるのも嫌だったので「プロのフリーター」と返したらウケていた。

ウケ狙いでこんな生活をしているわけではないのだが、おかげさまで少し個性的な人生をご披露できる立場には立てているのだと思う。

 

人間不信だった当時はなんで人との間に壁を作っていたのかというと、プライドが高くて劣等感の塊で、人と比べて社会的に自分は劣っているような気持になっていたからだ。

結婚もせず、何者にもなれず、未来に希望を見出しているわけでもない。そんな大したことのないつまらない自分を見透かされるような気がして、必死に壁を作って、見られないようにして、自分の世界に閉じこもり、「孤高の芸術家」を気取っていた。

 

周りにいる人間は濁った水の中を平気で生きているが、自分は澄んだ清流にしか住めない高級魚なのだ。だから無理に彼らと交わる必要はないのだ。

そんな理屈を潜在意識に潜ませて、気がつけば人と自分とを隔てる作業に必死になっている。

自分ではそんな風に思っていないつもりでも、周りの人からはそんな風に見えていた。

現実の自分はすごく寂しいんだけど、怖くて、心がどうしてもこわばってしまい、愛情表現が出来なかった。

 

その後「孤高の芸術家」は「プロのフリーター」に転身し、現在奮闘中なわけだが、人との間に壁を作って怖がって生きるより、通りすがりの誰かと優しい時間を過ごせたり、後輩に笑いを提供できる今の方が断然幸せである。

 

人と自分を比べることをやめ、自分の本当の価値に気づくことができた今、人とかかわることに怖気づくこともないし、むしろ楽しみですらある。

もっと自分自身を認め、愛する程に、たくさんの人たちと出会い、愛をはぐくんでいくことができるのだと思う。

 

さあ、午後の仕事だ。