心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

「風邪の効用」と失敗の技術論

 最近感銘を受けた本に野口晴哉の「風邪の効用」という本がある。

風邪の効用 (ちくま文庫)

風邪の効用 (ちくま文庫)

 

 

まだすべて読み終わってはいないのだが、内容は整体の細かな説明が多いため、たまに開いては、使えそうな理論だけ拾うようにダラダラと読み進めている。

整体技術を通した風邪についての理論書なのだが、考え方として応用性があり、吸収することが意外と多くある。

 

まず、そもそも風邪は病気ではない、という話から入っていくのだが、どういうことだと読み進めていくうちに今まで自分が風邪に対して持っていたイメージが誤りであったことが分かってきて、目が覚めるような気持に至る。

こういう価値観の転換は宗教的な悟りに近いものがある。一度目覚めてしまったらもう戻らない、という感覚。夢から覚めたら、体を起こして一日の仕事に向かうのであって、夢の世界に逆流することがないのと同じだ。伝わるだろうか。

 

本自体は”健康もの”ではあるが、考えさせられるところの多い一冊である。(全部読んでないけど)

現代の常識では風邪をひかないことが健康で、風邪を予防することが健康管理という風に考えられているし、それが当たり前だと思うのだが、実は風邪そのものが健康を維持するための健康管理作用なのだという。

風邪をひかないように気を付けてみたり、ひいたら症状を薬で抑え込んで、治そうとするのが普通だと思うが、それは風邪に対する付き合い方として間違っているというのだ。

人間はときおり風邪をひいて発熱することによってこわばった筋肉や血管をほぐして、滞った血の流れと気の流れを治療している。なので、風邪をこまめにひいて適切に経過させることが健康の為には良い。上手に風邪を経過させた後は、風邪をひく前よりも強い体になってスッキリとすることができる。こわばって弾力を失っていた血管に弾力が与えられ、高血圧が解消される。

だからせっかくの発熱を薬などで阻害してしまうと風邪の経過が遅くなってしまい、余計な体力を費やすことになる。それでもまだ風邪をひいているからましな方で、風邪をいたずらに予防するうちに風邪に対して鈍感な体になってしまい、何年も風邪をひかないうちに体全体がこわばって弾力を失い、脳溢血など、不意に重い病気にかかってしまう。それは重病の予防作用としての風邪を適切にひいておけば防げたものであったかもしれない。脳溢血になる人の特徴は共通してある時期から風邪をひかなくなっている。

 

というような内容になっていた。

 

これは健康に限らず、人生全般に言える教訓であり、真理なのだと思って興味深く読んでいる。

 

潮に満ち引きがあるように、人生にも良いときと悪いときがあり、人間はアップダウンを繰り返しながら進んでいくものだと思っている。人間観察をしていると、ときおり「この人は人生にアップダウンがあるって言うことを理解できていないんじゃないか」と思わされるような人に出会うことがある。自分自身もひと昔前まではそうだった。

上り坂の時は機嫌よく生きていられるんだけど、何かのきっかけでつまづいたとたんに一気に落ち込んで、奈落の底まで転げ落ちていこうとしてしまう傾向を持っている人は一定数いるんじゃないかと思う。

完璧主義的な傾向で、失敗や挫折、恥をかくような出来事に対して極端な苦しみを抱いてしまい、次の一歩を踏み出すまでの時間が長くかかってしまうのだ。

 

この「風邪の効用」を読んでいて思うのは、失敗や挫折もまた風邪と同じようなもので、精神の健康を保つ上で必要な経験なんじゃないかということだ。

なにも進んで失敗や挫折をするべきとは思わないが、過度にそれらを恐れ、避けようとするあまり、いつの間にか何もできない脆弱な心になってしまうということは多くの人に見られる心理状況であると思う。

逆に、成功者の特徴として共通しているのは、必ず大きな失敗を経験し、かつそれをトラウマとすることなく経験値として昇華し、失敗の技術を高めているように見受けられる。風邪と同じように上手にこまめに失敗をできる人ほど、遠くまで辿り着けるんじゃないだろうか。

敏感に人生の流れの中の異常や変調を察知して、失敗すべきところで失敗しておくことで、傷を最小限にとどめ、反省ができ、正しい道への修正ができる。

しかし、人生の流れの異常・変調に対して鈍感になっていると、失敗すべきところで失敗できず、慢心したままどんどん高い所へ登ってしまい、ある時転げ落ちて極端に痛い思いをしてしまう。

こういうことは案外多くあるんじゃないかと思う。

 

風邪であれ人生の流れであれ、敏感であるか鈍感であるかがポイントとなる部分かと思うが、共通して言えることは「症状を恐れない態度を持っておく」ことかと思う。

自分の考え方や行動パターンに対して、何かしら間違いがあることに敏感に気づくことが大事なのだが、恥や悔しさといった”症状”を恐れる人は、間違いに気づきたくないので、無意識に見て見ぬふりをしてしまうところがある。自分の非を認めたがらないのだ。

鈍感でい続けるほうが今一時の気分は楽だから、知らんぷりしたり、屁理屈でごまかしてそのまま突き進むのだが、間違った道をやみくもに進むほどに目的地からは遠ざかってかえって苦しみを増してしまう。それはそれでやってしまったものは仕方のないこととして教訓にするという考え方を持っていれば良いのだが、そもそも失敗をネガティブなものとしてとらえている場合、大きな失敗からなかなか立ち直ることができず、場合によってはトラウマを作って、チャレンジそのものをできなくなることもありえるだろう。

 

松下電器(現Panasonic)の創業者の松下幸之助も「三回に一回くらいは失敗したほうが良い。その方が慢心を防ぎ大きな間違いを予防できる」というようなことを言ってたと思う。

最近の人でいえば、投資家の伊藤穣一さんは人を見る基準として「失敗したことがない人は絶対に危険」「ポイントは早く失敗すること」とも言っている。

なので、いかに失敗しないかではなく、いかに失敗から学び、未来の成功に繋げていくかという考え方を、心底叩き込むことが大切なのだ。

小さな見栄やプライドや羞恥心が自分のなかに入り込んでいる場合、表面的な理解だけでは修正できない心の傾向となっている可能性がある。

このそもそもの考え方、傾向を修正するとともに、それでも大きな失敗をするときはすると思うので、その時にリバウンドできるだけの弾力を心に持たせることが肝要なのだと思う。

弾力とは耐えるべきときに耐え、希望を信じながら力を蓄える姿勢だ。

その希望を信じる強さは仏心を信ずる心からくることを付記しておこう。

 

人間の真価はその人がどれだけの成功を収め得たかによって決まるのではなく、失敗や挫折の時にどのような姿勢で運命に望むことができるかによって測られるのだ。

成功は運によってもたらされる部分もあるが、運が尽きた失敗の時に残っているのがまぎれもないその人の実力なのだ。

 

風邪の効用を経て強くなる体のように、アップダウンを上手に乗りこなす人生の達人を目指したいものである。

 

 

参考までに伊藤穣一氏の動画

29分頃から失敗について論じてる。


GDD 2011 Japan: VC パネル: 起業家精神、起業支援とベンチャーキャピタル