心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

幸福感の発見と自制心の相関

自制心を持って自らを統御できる人はそんなにいないだろうし、大抵の悩みは自分自身のコントロール能力に起因すると言ってもよいのではないか。

 

タバコや酒がやめられない。

クレジットカードで買い物をしてしまう。

ギャンブルにはまってしまう。

怒りを抑えきれない。

欲望のとりこになって後悔を繰り返してしまう。

ダメな男と分かっているのに別れられない。

間食を辞められない。

気が付いたら愚痴を口走っている。

 

何かに依存して、その時限りの幸福感に依存する気持ちというのは抑えがたいところがある。

これを克服するにはどうしたらいいのかという話をする。

 

すべての人は幸福を求めている。

自制心の欠如には幸福感の欠如も関係している。

日々の生活が幸福感で満たされているならば、そもそも何かに依存しようという気持ちが起きないものである。

どこかに満たされない気持ちがあるからその依存が現れて、欠けた心を満たそうとしているのだ。

 

幸福感を自覚することで、依存症の根本解決を図っていくことはできる。

ではどうすれば幸福感を自覚できるのか。

「そもそも今私は幸福ではないので、自覚すべき幸福感を持ち合わせていないのだ。」

と考える人もいるだろう。

しかし、今幸福じゃないと決め付けて、日陰ばかりを見ているのではないか。

本当はたくさんのことに恵まれているのに、それに気が付かずにいるだけということがあるのではないか。そういう疑いを持って自分自身を良く観察してみると、必ず何かしら感謝できることを見つけられるものである。

そんなの無理と決め付けてしまった場合はもうお手上げかもしれないけど、思いというものは自由なので、やる気次第でいくらでも感謝を大きくしていくことができるのだ。

 

依存する何かに引っ張られようとする心を見つけたときは、一度立ち止まって身の回りを見てみよう。

少しも感謝できる要素を見つけることが出来ない人生など絶対にないし、気づけていない恵みを何かしら見つけることはできるはずだし、喜びでもある。

そのありがたさを自分のなかに蓄えるほどに、心は幸福感に満たされ、求めることよりも与えたいという欲求が強くなっていくだろう。

 

もっと誰かのために何かができる。

人を愛し

人の苦しみを取り除き

人の喜びや、感動を呼び起こし

思うように生きられない苦しみを理解し、分かち合い、大丈夫だよと言って、安心させてあげられる

そういう自分として生きていきたいと思うようになる。

 

依存症の克服は、依存する対象とがっぷりよつの取っ組み合いをするようなものではなく、身近な日常への感謝の気づきによって本来の欲求に立ち戻っていくことで必ず自然に治癒していける。

 

そして身近な日常への感謝を約束するものは、すべての生きとし生けるものそれぞれを特別に愛してくださっている、主なる神、エル・カンターレの存在への信仰によって成り立つ。

愛と感謝に対する理解を深めるほどに、心は健全に満たされ、調和して正常な働きを取り戻していけるのだ。

 

自制心とはある意味でのストイシズムであり、自分に対する厳しさや、プロフェッショナルの精神を図る天秤でもあるかとは思うが、実はその厳しさは幸福感の自覚によって成り立つものであることを強く主張したい。

 

どうか、自分は意志の力が弱いだとか、だらしないダメな人間なんだとか思うことなく、そもそもの問題として、幸福感を充分に蓄えられてないという現状を知ってほしい。

そして、幸福感は主体的に高めていくことが出来ることを実践をとおして実感できたなら、自虐的なスパイラルを脱却し、善の循環を作っていくことが可能となるだろう。

感謝を高め、幸福になった人はすべからず恩返しの人生を歩み始める。

それは見返りを必要としない与えきりで嬉しい”無償の愛”の人生になっていくだろう。