心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活において起きる心の変化や動きをスケッチしています。心の変化後に起きる現実の変化や奇跡といった結果よりも、「どういう心の変化がきっかけで自己変革をできたのか」という原因にフォーカスした描写を試みつつ、あれこれ自由に綴っています。要は信仰に基づく自己変革の実況中継と日々のあれこれです。

霊的自己と肉体

6/11 月曜日

これは出勤なのか帰省の途中なのか。金曜夜の東京駅バスターミナルから出発した旅は、月曜早朝の新宿への到着で一応一区切りなのだが、家に帰る前に仕事があるため、スーツケースを引きずって朝5時台の電車で、新宿から神田へと最初の現場に向かっていた。体調は悪くない。夜行バスでの中途半端な睡眠のわりに元気だった。前日の自制心に感謝。

土曜は結婚式で日曜は日中友人宅で飲んで夜はバスで八戸市から新宿まで移動。そして月曜早朝から仕事。っていうハードなスケジュールに配慮し、日曜は酒をかたくなに断り、一人だけカルピスウォーターを飲み続けていた。いつもであれば流れに身を任せ、ノリで飲んでいるパターン。

仲間たちとスーパーへ買い出しに行く車中でカルピスウォーター宣言を発令。

ドン引きする仲間をしり目に買い物かごへ1.5Lのカルピスウォーターをぶち込んだ。

彼らとはかれこれ20年近く酒を酌み交わしてきた仲になるが、こんな選択はこれまでは考えられないことだった。

最近身体に対して感謝をするようになった事を記事にもしたが、肉体の健康に対する価値観を変えたことが大きかったのだろう。20年間「これが当然」と思っていた行動パターンがあっけなく崩壊してしまったようだ。

単に身体そのものを大切なものとして認識しただけではこうした変化は訪れなかっただろう。肉体を尊ぶという点において変わりはないのだが、その前に、肉体を授かったことによって三次元での活動を許されている「霊」としての自己認識ができたことが重要だったのだと思う。

「霊」の立場からの肉体の再認識、再評価をするということは、「自分とは肉体ではなく心である」という、幸福の科学で何度も繰り返し教わってきた真理の立場に立つことを意味する。真理を実践していると、それが真実であることが実感レベルで分かってくる。すると、肉体は自分の所有物というよりも、霊的自己の目的を果たすための最大の協力者であり、恩人であるように思えてくる。

もしこの恩人の協力を失ったとしたら、自分はこの三次元世界でいかなる活動も魂修行もできなくなる。

仕事もできない。様々な方々と出会うこともできない。ブログの一文字すら打ち込めない。言いたいこと、伝えたいことを伝えることもできない。

日々当たり前のようにこなしているすべては、自分の意思に従って動いてくれる肉体があって成り立っている。

肉体はなぜここまで忠実に霊としての自分に奉仕してくれているのだろうか。

やはり形あるものとして存在する以上、この世の中に何らか直接的な善き影響を与えたいと願っているんじゃないだろうか。そして肉体に宿る霊存在に、この世での豊かな精神活動を実現させ、霊的な成長をしてほしいと願っているのではなないだろうか。

肉体の協力を得て自分は三次元に足場を得て、魂の成長をさせてもらおうとしているのだ。

この霊的自己に対する最大の協力者への恩義の自覚があると、連日の暴飲暴食というような恩知らずな選択はとてもできなくなる。

その多大なる協力に報いるために、肉体を良く養い、霊的目的を目指して日々の努力を目指すのは、自制心というより、人としてごく自然な感謝の姿勢だと思う。

自己を抑制して無理やり「良い子」としてしつけるような形とはまったく違う。

霊的観点から身体を見つめ、与えられている恩恵を知り、その恵みに感謝する。報恩のための成長を志し、ともに善き人生を作る仲間として手を取り合うような気持を持てることは、なかなか幸せだと思う。

自分の肉体に対するそうした意識改革があったことが第一のステップとなっているのだが、その認識を土台として、次の一週間をどのように過ごしたいのかという、未来構想を第二のステップとして得た時に、その場の連帯感のためにコンディション最悪の状態で新しい一週間をグズグズにして、実り少ないものにはとてもできないと思うに至ったことも大きかった。今ようやく自分のやりたいことに向かって新しい学びに取り組んでいる大事な局面にいる中で、ここに集中していく自分づくりに反する道は、やはり選択できないと思った。日々の健全な精神活動の積み重ねが未来を如何様にも変えうる。その上で肉体のコンディションは重要な基礎になる。崩すのは惜しい。そう、自然に思う。

肉体は未来をも担っている重要なパートナーなのだ。その船頭として霊的自己=心のあり方を日々意識したい。乗っているだけであってはただ流され、それなりの人生航路を辿るだけだろう。

 

 
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今回の帰省を通して、こうした心構えの変化を自覚できたことはとてもありがたいことだった。

最近健康に関する気付きや学びがやたら多く与えられている感じがするのだが、肉体的健康というテーマを一つの取っ掛かりとして、自己変革の実験でもしているのだろうか。会う人会う人が皆口をそろえて健康について語りだす。

 まあ真理を学ぶとっかかりとして共有しやすいテーマでもあるので、今後も何かしら記事化できそうな経験を見つけたら取り組んでみたい。