心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活において起きる心の変化や動きをスケッチしています。心の変化後に起きる現実の変化や奇跡といった結果よりも、「どういう心の変化がきっかけで自己変革をできたのか」という原因にフォーカスした描写を試みつつ、あれこれ自由に綴っています。要は信仰に基づく自己変革の実況中継と日々のあれこれです。

集中者の姿


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突き抜けていく魂。

虚構を捨て去らずして真実を掴むことあたわず。

集中が本物になっていけば自ずと不要なものは目につかなくなっていく。

気に留めるだけの余裕がなくなるのだ。

一瞬一瞬にチャンスがある中でそれを見逃さずに掴むためには、目を凝らす必要がある。

余計なことに気を取られて振り回されたり、翻弄されたり、また、それらの煩悩と取っ組み合っている場合じゃなくなるのだ。

どこまで自分は捨てられるだろうか。どこまで自分は一点に集中していくことができるのだろうか。

かつて、デザインを学び、創作活動に集中していた頃がある。

つくり出すことだけに全生命を注ぐような日々を経験したことがある。

その頃、朝も夜もなく、眠くなるのも忘れ、身体の限界が来たときが寝る時間。目を覚ましたらまた創作。時間も場所も選ばずに、ひたすら作ることだけに集中する。寝る場所は作業してる場の最寄りの床とか、並べた椅子の上とか。当時好きだったロックバンドのライブビデオをエンドレスで流しながら、グルーブに意識をのせて動き続けた。

食べる時間を惜しんで食事は家から駅までの歩く時間に菓子パンで済ませていた。

5日ほど風呂にも入らずにいた。

時間が惜しかった。

作るためだけに目を覚まし、作り、エネルギーが尽きたら目を閉じた。

そういう日々が経験としてあったことを今思い出して、その当時の自分に感謝している。

そういうこともできるのだ。

科学者や発明家が自分の創造や研究に没頭するかのように、わき目もふらず、すべてをかなぐり捨ててその道にひたすら没入していく。

迷えない。

止められない。

狂気。

その潔さ。

その勇気。

その決断。

自分の世界を創り出してその中を生きる。

僕の中に眠っているその異常性のある情熱を今こそ燃やすときなのだ。

ひたすらに生み出そう。

中身を問わず、熱意の赴くままに任せて。

理論ではなく、知恵でもなく、熱さを、熱情を、生み出したいという神の心を表現するが如く。