心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

閃きと努力

考えることをやめると考えが入ってくるという現象をここ最近経験している。

何のことかというと、このブログ記事を書く時の現象だ。

理性を剥ぎとって感性で書き上げるってこういう感じなのだろうか。

思いつくままに言葉を繋げていくだけで、気が付けば何か言いたいことが出てくるようだ。このときに自我でごちゃごちゃと考えようとすると、考えが入ってこなくなる。

心の中に空白地帯を作っておかないと、自我でいっぱいになって無我領域からの閃きが入ってこれなくなるらしい。

ただし、ただ考えるのをやめれば良いというわけではなく、前提として自分の中に閃きを紡ぎだすだけの智慧の蓄積がなければならない。

この蓄積の如何によって、閃きの質が変わってくるのだろう。

今まで収集が付かなくなって困るくらいだった関心領域のその広さが、閃きを得るための豊富な材料となって役立ってくれる。

この閃きのシステムをもっと意識的にうまく使いこなすようになりたい。

こうして書き進めているときも、考えようとする理性的な頭と、考えさせまいとする感性的な頭がせめぎあっている感じだ。

右脳をうまく働かせる鍵は、感情にあるんじゃないだろうか。

考えるより先に出る意思の力はとても無意識的で潜在意識に近いところにその原動力を持っているような気がする。

感情を使って創造するときは確かに次から次へと言葉が湧いてきて、完成までのスピードが速い。その完成度は荒っぽい部分もあるけれど、それが嘘偽りない等身大の実力なのだと思う。

前提条件として智慧の蓄積が必要であることと同じように、文章を構成していく技術の蓄積が日々に訓練されていればこそ、感性で書き上げるときにその技術が自然ににじみ出て来るのだろう。

スポーツ選手が普段の練習の蓄積によって本番で考えるよりも早く身体を反応させるのと同じ原理で。

閃きを引き出しながら書き上げていく方法は、ある意味天才的にも見えるけれど、やはり普段の努力による技術の鍛錬、知恵の蓄積がなければ物にはならない。

今、必死にストーリーの構成について学んでいるところではあるが、技術の獲得と感性による創作の訓練を今後並行して進めていきたい。


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