心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活の日々に思うことを綴ります

信仰者の姿勢

貧困や病、等の苦しみの中にいるとき。

精神的な困窮、例えば気力が湧いてこないときや、迷いがあって力強い前進が出来ないときなど、それぞれに様々な苦しみと向き合うとき、個々の問題解決の為の具体的な行動を取ろうとするわけだが、信仰者にとって忘れてはいけない観点が、

「主の光、主の霊流を呼び込む」

という部分にあたる。

すべての苦しみの原因は、他人や環境などの外部的な要因ではなく、自分自身の心の中の「影」の部分にある。

影とは光の不在であり、主の光を遮っている不要な執着が作る、真実を見えにくくさせている闇。

主の光に勝てる闇はない。問題解決を根本的に図るのであれば、根本原因の影を光で照らすことで影はその存在基盤を失う。

方法論としては、影を作っている執着をどかして自然に光が当たる状態を作る反省→瞑想(自力)と、光を引き込んで執着そのものを追い払う瞑想→祈り(他力)の両面での、体質そのものの改善が必要だろう。

対処療法としての個々の問題解決は止血のようなものだが、体質改善が出来ていなければ、また同じ症状が出てきて、同じような問題解決に追われるという、終わりなき悪循環が続く。

例えば、借金に苦しんでいるとして、問題解決としては「借金を返す」という行動があるわけだが、仮に借金を返したとしても、根本問題である「借金に頼る」という体質(影の元となる執着)が改善されていなければ、また借金をしてしまい、返すための苦労をまた繰り返す。「借金」という表面的問題の奥に「借金に頼る」という根本問題があるというところまで「見る」ことができないとこうなる。

目先の問題解決としての「止血」だけを永遠としても実は終わりがないのであって、根本問題として残っている、「自分自身の心の問題」は何なのかという所を仏の目に照らして厳しく見ようとしなければならない。

この、「見る」という行為が「主の光を引き込んで闇を照らす」ということになる。

主の光を引き込むためにはどうすれば良いのかという点を学ぶことが、教学の本質に当たる。つまりそれは、幸福の科学の基本教義である「正しき心の探求」であり、心の浄化や精神統一に繋がっていくところなのだと思う。

心を清らかにし、主に思いを向け、ただただ主の光と一体となる。

この出発点が満たされていくときに解決しない問題はこの世に存在しない。



f:id:ssktmnr:20180814040904j:image

「正しき心の探求」とは道徳的に優れた人間になるとか、人格を向上させるといった、単に人間性を高めるための努力目標ではない。それ自体も素晴らしいことではあるが、本質的には「主の霊流、高級霊界の光をいかに引き入れるか」という所にあるのだと思う。

教学であっても、単に情報レベルの理解で止まるのではなく、自らの心を主の心に合わせるところまでいかないと、同じ真理の言葉であっても言魂の力、高級霊界のバイブレーションを宿すことはできない。

法力、道力の違いとなって表れる部分だが、この違いによって救えるか救えないかが別れる。

それ故に日々に天上界とのパイプが詰まらないように心の修行の継続が求められるのだ。

信仰者がこの世で生きる意味の一つは、天上界の光を地上に降ろすという役割にある。それは、地上の浄化であり、地獄界、地獄勢力の縮小を意味する。地上世界は地獄界と重なって存在しているため、光と闇の戦いの場ともなっている。

そうした世界観で見ると、信仰者の集まる信仰の拠点は「光と闇の前線基地」とも言えるだろう。

そうした霊的背景の中で、信仰者たちは主の光を引くための修行と、光の勢力の拡大(伝道)をしているのだが、そうした背景よりも、自分自身のこの世の問題に気を取られ、この世的に生きてしまうと、本来の目的からずれた考え方にとらわれたり、その考え方に基づいて間違った行動をし、さらに苦しみを作ってしまうことがある。

問題解決は問題解決で大事な部分ではあるが、その奥に本来の使命があることを忘れ、問題解決が人生の目的になってしまっては決していけない。

自分の借金をなくすとか、病気を克服するとかしか考えないで生きていると、それが自分自身の生存理由のように思い違いがはじまり、生存し続けるためにいつまでも借金や病気をし続けるというようなことが潜在意識の力で引き起こされることもありえるだろう。

だからこそ「主の思いに合わせる」ということが大事になるのだ。保身故に自らを滅ぼすようでは本末転倒なのだ。

エル・カンターレ霊系団としての本来の目的と使命が何であるかを知って、その中で自分が何をすべく生まれてきているのかを第一に見ずして、「まずは目先の問題解決」という感じでいては、弱い。

大義が違いすぎる。

故に弱さは遅さとなって苦しみをさらに長引かせる。

行動力とは使命感なのだ。

まず主の思いに合わせ、使命感を掴み、波長を同通させ、主の光を引き、主の霊流を引き込んだうえで、行動に光を宿して闇を討ち祓う。

このプロセスがこの世とあの世を貫く成功・幸福への道なのだと思う。

 

人生における如何なる諸問題が現れたとしても、自分が信仰者である以上、信仰者としての問題解決の在り方を示せるよう姿勢を正したい。