心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

買い物中めまいと立ちくらみに襲われ、自分が無自覚にダメージを負っている事を認識した。

甘く見てた。

食生活がこの2日程手抜きだったことと、睡眠不足の状態で仕事をし、ようやく自宅に到着する間際の400ml献血。そりゃ倒れそうになるわ。

血液ってエネルギーなんだと実感した。

400mlも出血してなんの影響もないわけがないのだ。

ちょっとしゃがんで立ったら血液がその動きに付いてこないで下の方にあるのが分かった。

帰ってご飯食べて横になったが、体内の機能の働きが鈍い気がした。

ちゃんと寝て、ちゃんと食べるっていう、あたり前としか思っていなかった営みが、如何に大事なことであるかを知る。

大事だからこそあたり前のように繰り返し続けているんだ。

これじゃ思考力、判断力、気力の出しようがない。回転数を上げると倒れるんだろうな、っていう感覚が分かった。

こんな状態でも無理して頑張り続ける人もきっといるんだと思う。

ここ一年の父がそうだったんじゃないだろうかと思った。

田舎を離れ、東京でタクシー24時間乗務って、随分無理をさせてしまったんじゃないだろうか。父の背負うものと父の気質を考えると、無理をする気持ちが分からなくはない。

どちらかと言えば寡黙な父は口で人を諭す以上に、存在で何かを示してくれているようなところがある。

通り一遍の正義とか、賢さに頼るところがなく、見ているとどこか頼りなく感じたり、愚鈍に思えてくることもあるのだが、そうしたどこか非効率で不完全な生き方を受け止める優しさがある。

与えられている自分の背丈、歩幅で生きる姿が何とも言えず清々しく、美しく、とても尊いものを見ているような気持ちにさせるのだ。

「こんな人にこそ、幸せになってほしい」と思わせる代表例のような人だが、そう思わせてくれること自体ありがたいことで、気が付けば自然と周りの人を優しい気持ちにさせてくれている。老荘的な豊かさとでも言うのだろうか。とても不思議な人だと思う。

きまじめなんだけど、縛られることなく、自分らしく咲いている。

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父は誰かが手を加えるまでもなく、十分幸せなのかもしれない。

むしろ、父を助けたいと思って動き出すことで、自分が救われ、幸運に恵まれているようなところがあったりする。

口先で真理を語るまでもなく、その生きる姿でいつの間にか人の心を動かし、救いを与えているのだ。

観察するほどに面白い。

どう修行してもこんなふうにはなれないかもしれないけど、心に焼き付けておきたいと思う。