心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

9.8(土)今そこに潜んでいる喜び

新しい仕事のサイクルが始まって最初の一週間を終えようとしている。

土曜日が一番しんどい山場になっていて、睡眠不足でかなりヘロヘロになる。

そう言えば変な夢を見た。

何かの大会で千人くらい人が集まっている会場のステージ上で、ミスチルの「君がいた夏」を誰かが歌っていた。

僕も気持ちよく歌いたいなーと思ってたらステージ上で歌ってた男がマイクを渡してきたので歌おうとしたのだが、カラオケの歌詞がよく見えなくてまともに歌えずにいた。

するとざわつく客席から白いシャツに黒のパンツ姿の男性が自信ありげにさっそうと歩いてくる。何となく交代の雰囲気。

「歌詞さえちゃんと見えていれば満足に歌えたのになー」と思いながら、マイクをバトンタッチしたのだが、白シャツの男も同じく歌詞がよく見えずに目を細めてばかりで全然歌えやしない。

「いやお前もかい!」

と突っ込んだところで会場が盛り上がって皆が踊りだしたあたりで夢から覚めた。

久しぶりに寝起きで笑った。

どういう意味なんだろう。

完璧じゃなくても良い。それどころかむしろ失敗であってもたくさんの人の喜びに昇華することはできるっていう意味なのかな。

そんな気がする。

完成度にこだわるのが当たり前だという気持ちが自分にはあるのだけど、その中に実力をかさ上げしたいっていう欲が入り込んでいることがあるのかもしれない。そもそも、自分の実力を見せようとしている事自体おかしい。見せるべきものは作り手の「評価されたい」っていうような欲求の痕跡ではなく、読者の心の中に眠っている真実を求める心や、善を愛する心、美を尊ぶ心だ。それは自分自身が神仏に作られた痕跡でもある。

それは、ストーリー中に宿すテーマやメッセージ以上に大事な、創作そのものの根本的な目的であり、自己顕示欲と決して両立できない”聖なる目的”と言って良いだろう。

優れたストーリーは決して人工的ではなく、自然的であり、飾りの付け足しではなく、潜在的に宿されている魅力を掘り出す力量で描かれる。白シャツの男は自己表現によって、その場に潜在している笑いを会場のすべての観客に発見させて皆に喜びを与えている。

注力すべきポイントは、価値がないと思って素通りしていた経験の中に与えられている。誰もが気づかずに通り過ぎるような平凡な瞬間の中に潜んでいる価値をすくいだして世界に感動の渦を作り出す。

白シャツの男のように、その時を見逃さずに仕留める。かっこつける必要もない。皆がハッピーになるための一点の異物として存在できたら幸せだ。

すべてのものごとは生かされることを切望して存在している。万象万物のその声なき願いが物語の中で叶う瞬間を作りたい。


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