心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活において起きる心の変化や動きをスケッチしています。心の変化後に起きる現実の変化や奇跡といった結果よりも、「どういう心の変化がきっかけで自己変革をできたのか」という原因にフォーカスした描写を試みつつ、あれこれ自由に綴っています。要は信仰に基づく自己変革の実況中継と日々のあれこれです。

9.13(木)心を戻す場所

朝、小さなことで少しイライラしていた。

叔母から「おはよー」とライン。何かと思ったら、先日人生相談をして頂いた講師からの伝言を預かっていたとのこと。

とても嬉しくなった。

自分のことを気にかけてくれる人がいる。

それだけで充分幸せじゃないか。

そして、自分が深いところで大きな繋がりを持っていて、その中で生きている一人であるという感覚に救われた。

三宝帰依』って大事。

https://happy-science.jp/el-cantare/

仏陀が説く教えを通して築かれた繋がりはそれ自体が救いのよすがとなる。

単に仲が良いというだけでは成立しない深いつながり。

霊的な結びつきによってお互いを知らず知らずに助け合えると、深いレベルでの信頼関係が築かれる感じがする。きっと霊的背景として、お互いの守護霊同士が協力し合うことによる信頼関係の進化があるのだと思う。

ということで、叔母に助けられたのだが、疲れもあり、完全にイライラ感から抜け出すことは難しかった。まだ新しい生活のサイクルに心身を慣れさせることができておらず、うまくバランスがとれていないと言い訳しておこう。

今までで一番圧縮感のあるタイトなスケジュールで生きているおかげで、いろいろ気づかされることもあり、それなりに充実している。

とにかく時間が限られているため、あまり余計な悩みや考え事を抱えるわけにもいかず、どんどん切り捨てられるようになってきた。

こだわりを削る。諦める。捨てる。

必要性を感じられたことだけに心を開く。

ときおりアンテナが働いた場合は無駄に思えても素直に受け入れる。

失敗やネガティブに対してとらわれない。

細かいことを気にしない。

一言でいえば、”細かいことを気にせず直感に従って生きる”ということか。

これまでも細かいことは気にせずに過ごしてきたつもりだったが、ここ最近の”気にしなさ”はこれまでとは段違いで、本当に何も考えていない。かなりリラックスしている。

 

本当に考えるべきことだけしか考えなくなってきたから、心に余裕があるのだろう。

イライラしていたときはその辺の認識がずれていたな。

目の前で展開される些細なことに心がとらわれて、狭い世界の中でもがいていた。

本来の自分の世界、霊的世界を忘れると、いつのまにか振り回されてしまう。

空を飛ぶタコみたいなもので、現実に目を奪われているとタコ糸が持つ手から離れてコントロールが効かなくなってしまう。

上空で雨風にさらされても心は手元。動じることなく糸を手放さずに、コントロールし続ける。

それでも気が付くと何かに心奪われ、タコと一緒に右往左往。タコ糸を手放してしまって流されていることがある。

今朝は「あんたタコ糸ちゃんと握りな」と、叔母に肩をたたいてもらえたのかもしれない。

思いが千々に乱れるとき、本来の立脚点に戻れるよう霊的世界感を日々心の中に作っておこう。


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