心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

9.22(土) 今

忙しいようで、忙しくない。

毎日仕事はあるけれど、案外のんびりやっているので、苦でもない。

朝晩働くようになって身体がだんだんに慣れて来るにしたがって、そう思えるようになってきた。

周りの人からは、「寝る時間がなくて大変なんじゃないか」とか、「休みがないと身体を壊すんじゃないか」とか、言われることもあるけど、実感としては仕事があった方が健康的な生活態度を維持できるし、一日の持ち時間を多く持つことが出来るので、この生活は結構お気に入りである。

休みが必要な時には休みを取って、たまには金を使うのも良い。

平常時はとりあえずお金が増える生活サイクルの中に身を置いておくことが、精神的な安定にも良いし、結果として健康的と言えるんじゃないだろうか。

今僕は休みがない生活ではあるが、安らいでいる。

週休2日であっても、全然心安らぐことのないような生活をしている人はいくらでもいると思う。僕自身が過去そういう状態にあった。

会社勤め自体を否定するつもりはないが、僕には合わなかったというか、合わせきることが出来なかった。

汗をかくことのない清潔なオフィスで快適に仕事をしているはずが、どうも満たされない。プレッシャー、人間関係、いろいろ理由は上げられると思うが、いつも胸にあったのは、「もっと直接的に他の人や、世の中の役に立ちたい」っていう気持ちだった。

お客さんの目に見える満足を創造したい。

そういう気持ちは書類仕事では満たせないもので、結局週二日の休みの日を利用して、身体を動かす仕事をしていた。

その頃は明確に、週2のバイトが自分の心を癒してくれている実感があったな。

現場へ向かう車の中で仲間たちと馬鹿話をしながら、一日が始まり、ともに汗をかき、帰りの車では爆睡。一日8千円の日当を貰い、地元の行きつけでおやじたちと酒を飲む。

すべてが機械的に美しく管理されたオフィスでは決して得られない喜びがあった。

それは自分の人間らしさを確認する儀式でもあったのだと思う。

二つの世界の対極の狭間で、仕事とはなにか、幸せとは何かを考えていたのだが、結局7年近く続いた会社勤めを終わりにして、身体を動かす仕事を日々の生業として選んだ。

「車を綺麗にする」とか、「部屋を綺麗にする」とか、単純なミッションだが、目の前で自分の努力が実っていく感じがとても嬉しい。

下働きと言われるような安っぽい仕事かもしれないけれど、幸福だ。

様々な仕事をしながら、徐々に良い条件の仕事を増やしてきて、収入は会社員時代よりも良くなった。

ストレスもないので、酒にお金を費やす必要もなく、実に経済的である

人間は変われるものだし、可能性は無限だ。

がんじがらめになって苦しんでいたあの頃から3年経った。

会社と家の往復しかしていなかった僕は、仕事の合間に文筆をし、のびのびと自分を磨いている。

振り返って思うが、僕は会社ではなく、自分が勝手に定めた自己の限界に縛られていたのだ。その自由に気づくためにあの頃の2足の草鞋はあったのかなと思っている。

 

いつまでもこの生活を続けるわけではないと思う。

いつか、「あの頃に戻りたい」と思えるような季節を今、過ごしているのかもしれない。

いずれにしても、今という時間はこの一瞬だけで、二度と経験することはできない。

だから、今を感じ、今だからこそ書ける文章を残していきたいと思う。


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