心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

10.18(木) 霊的感化への気づき

今の自分と本来の自分とでは、だいぶ違いがあるらしいことにリアルに気づき始めている。

きっかけは映画『宇宙の法 -黎明編-』の繰り返しの鑑賞。

金土日と3回の鑑賞をした翌日、予定になかったのに気がついたらまた映画館にいたという話を何個か前の記事に載せたと思うが、その後の火水木の一日一日において、今までと何かが違っている感じがどうしてもする。

とくに違うのは一日24時間における意識の使い方の変化。

これまでは信仰とそれ以外の時間が分離している感じがしてたんだけど、今は信仰の中にその他の営みが点在している感じになっている。

今までの自分としては、仕事があろうとも信仰に対する思いを切らさずに一日を生きていると本当に思っていたのだが、どうやら実像は違っていたらしいことが今ははっきりと分かる。

霊的で抽象的な言い方になるが、本来の「光の自分」の感覚を映画を繰り返し見るうちに取り戻してきているのだと思う。

その感覚を忘れてしまわないように、その光の中を生きようとして無意識が頑張ってるっぽい。

今回の映画に限らず、伝道や植福(寄付)など、あらゆる行事や信仰活動を通して、本来の心の在り方に限りなく立ち返っていくことで、本来の自分に近づいていけるんだと思う。

本当にその自己認識を取り戻せたら、これまでなあなあになっていたような信仰行為も「やらずにいられなくなっていく」その感じが、今なんとなく分かる。

そうなったときこそ、「本物の信仰者」になったと言えるのかも。

そう考えると、あらゆる行事や集いや活動の機会って本当に尊いもので、ありがたいものなのだと思う。

そういうのが一切なくて経典と礼拝施設だけしかなかったとしたら、本来の自己を取り戻す機会を得ることは難しいだろう。

霊的感化を自分自身にどう与え続けていくかということを、もっと真剣に考えよう。

それこそが霊性の向上への近道、というかそれ以外の道は遠回りしているといっても差し支えないのかもしれない。

 

 

昨日から「今さら」っていうようなことの確認になってしまっている感じがするが、ここで気づくことができて良かった。

進んでいくほどに自分って案外何も分かってないもんなんだなと、痛切に感じる日々であるが、昨日よりも今日。今日よりも明日により正しい一歩を踏み出せることが嬉しい。

一ヵ月後、一年後にはきっと、さらに純化した違う自分が新しいスタートを切ろうとしている。

それで良いのだと思う。

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気づかせてくれて本当にありがとう。