心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

10.30(火)集中と捨てること。

心を集中させるためには現実的な実務処理能力も必要だ。

能力の不足は余計な仕事を背負い込む原因となる。

そのうちに心が雑事に支配されていく。

余計なことにエネルギーを費やさないことも、集中力を生む大事な観点だ。

デザイナーの佐藤オオキさんやロボットクリエイターの高橋智隆さんは、自分のクリエーションにすべてのエネルギーを費やすために、日常生活の中で思考力を使わないように気遣っていると話していた。

たとえば、着る服を毎日同じものにするとか、食べるものを毎回同じにするとか、あらゆる判断の機会を生活から排除しているようだ。

テレビ的には「変人発見」って言う感じでいじっていたけれど、どちらかといえば僕も”あっち側”の人間だと思う。

その傾向は最近特に顕著で、食に対するこだわりはほぼなくなってきている。寂しい話だ。もともと料理は好きな人間なので、本当はこだわりたいし、それが毎日の喜びでもあったのだけど、気がついたらもう全然こだわりがなくなっている。

というよりもこだわれない。

忙しいというか、優先すべきものが明確だと、自動的に順位の低いものが排除されていくようだ。

ちょっとした買い物に思いをめぐらせる時間もかなり減った。買い物って結構思考力を使っていたんだなと最近になって理解できるようになった。

日常の雑事に思考力を費やしているとあっという間にただの人になってしまう。

その時間を削って心の修行、信仰生活の向上にエネルギーを集中したい。

 

時間が限られている中でやりたいことをやるとなると、どうしても切り捨てなくてはならないものが出てくる。

今の生活リズムというか、働き方に移行したての頃は、捨てるべきものがあることになかなか思い至らず、心身ともに余裕がなかった。

自分が「これは大事」と思っていることの中に無駄なことがある。

というように教わっているが、本当にその通りだった。

食に対するこだわりが消える程に凄く楽になってきている。

そういうのは”たまに”で良いだろう。

これまでの自分の生活へのこだわりが新しい自分の生き方を圧迫して苦しみを生んでいた。

 

今もまだ捨てられていないこだわりがある。

それを伸びしろとしてステップアップしていこう。

今までになかったものを得るということは、今まで掴んでいた何かを手放すということだ。

捨てるべきものを決めなくてはならない。
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