心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

11.8(木) 我願う 故に我あり

 

ただいま0歳、心の対話

ただいま0歳、心の対話

 

 発刊してすぐに拝受したものの、今の今まで読まずに後回しになっていた。

装丁の雰囲気からしてそんなに重い内容でもないのかなとたかをくくっていたのだが、とんでもない勘違いだった。

読みやすいし、おもしろいし、元気が出るし、勉強になるし、感動もできる0歳児の言葉の数々に引き込まれ、一気に読みきった。

これは何度も繰り返し読みたいと思った。

 

自分が生まれてくる前はどんな思いを持ってお母さんのおなかに宿っていたんだろうか。退行催眠とかあまり興味なかったけど、これは知りたいなと思った。

著書の中で紹介されている、おなかの中の男の子は、自分が生まれることに対してものすごく希望を抱いていて、自分が生まれることでみんなを幸せにするんだという言葉を繰り返し繰り返し放っていた。

霊界では想いがすべてというが、地上に生まれてくる魂に関しては「想い」というよりも「願い」によって存在しているんじゃないだろうか。

 

映画『さらば青春、されど青春』の冒頭、宇宙から地球に向かって光のかたまりが降下していくシーンを見ていても思ったが、「救いたい」という強い願いの力で、主は天上界から地上への降誕を成就したんじゃないかと感じていた。

 

本書では大人の人格を持った意識と、純粋無垢な子供の意識の両方が紹介されているけど、子供になったときに現れている意識は、願いそのものだ。 

「この願いが僕なんだ」ていう主張を通して自分の実在を訴えるかのように、目的を持った意思が強く出ていて、ものすごく伝わってくるものがあった。

今、この世で生きている自分にとっては肉体があることが当たり前で、何を考えているかを主張せずとも、「自分はこういうふうに存在しています」っていうことは分かってもらえるけど、もし、肉体がなくて、想いだけを誰かに伝えることができるとしたら、何を伝えようとするだろうか。

やはり、自分がこの世で成し遂げたいことを伝えようとするんじゃないだろうか。

理想を誰かに受け取ってもらいたいんじゃないだろうか。

愛する人の幸せのために、何かメッセージを伝えようとするんじゃないだろうか。

いつか必ず死んで、肉体を失い、透明な想いだけになるときがくる。

それまでの間にやっておかなければならないことが何なのかをしっかりと考えて、一日一日を大切に使いたい。

頭で分かっていても、実際に自分が死ぬということはなかなか実感しにくいものだ。

それでも、必ずやってくる死の瞬間、「こうしておけばよかった」と悟っても遅い。

この世に生きる皆がそのような後悔をせずに生ききることができるように、死というものをリアルに実感できるような物語を作ってみるのも良いかもしれない。

「そのストーリーを通して得がたい貴重な体験をできる」という価値を詰め込んだ物語が欲しい。

仏法真理は理屈だけではなく、体験で学ばないと、なかなか自分のものとして消化できないところがある。

自分の実生活に結び付けて教えを実感するには想像力がいる。

その想像の手助けができれば、もっと教えのすばらしさが伝わるはずだ。

教えを実感レベルまで噛み砕いて一人ひとりに伝える手助けも、立派な伝道だ。

教えの実感を通してすべての人が主とのつながりを得られるような未来を目指そう。

そのためには自分自身がしっかり教えを実感できていないといけない。

がんばろう。

光の父と光の子たちをつなぐ道をひらきたい。

それが肉体を失おうとも滅びることのない僕の願いだ。