心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

11.9(金) 経典との対話『天照大神の神示』

随分時間が経ってしまった。

 

今更ながら2017年の初旬に発刊された経典を拝読した。

レビューというか、浮かんできた思いをそのまま残しておく。

 

 日本は世界の為に敢然と立ちあがり、正義を実現すべき使命がある。

さもなくばその存続の意義は失われる。

今こそ本来の姿に立ち返り、世界の手本としての姿勢を示すべき立場にある。

それなのに、肝心の国民が誇りも自信も忘れ、自分達が日本人として生きている意味も見失い、自分とその家族程度の小さな利益の為に私的な人生を生きている。

国を牽引すべき政治指導者は、国民のそうした私欲につけこむかのような志なき票集め、支持率の維持を政(まつりごと)と思い違いをし、この国を汚し続けている。

誇りも自信もなく、生活の安泰だけを求めるような人生を幸福とする間違いを否定もせず、卑しい文化を興隆させることに何の価値があるというのか。

精神性の高みを伴った繁栄を正しき信仰に基づいて実現するための政を目指さずして、お金万能の世に恋々とするような国が、民族が、今作られようとしていることを穢れと呼ばずしてなんと呼ぼうか。

人間の幸福というものは精神の充実と向上にその起源を有するものであり、それは、正しき神への信仰によって存立する。

精神の充実と向上によって、地上での仕事や家庭生活が円滑になり、活発になり、繁栄が実現していくのであって、「地上的繁栄」という結果によって人間の心を振り回すような現代の在り方からは、他者に対する愛の心や神への奉仕の精神が生まれることは無い。

幸福の価値基準、存立基盤がなんであるかを見直し、他の人や他の民族、他の国をも明るく照らさんとする国家としての気概を取り戻さなくてはならない。

自分に尽くそうとするものは発展しないのだ。

無信仰の輩は自分を偉くしようとする。

信仰あるものであるならば、信ずる神を偉大ならしめるために、己を虚しくして神の納めたる国に仕え奉ることができる。

その奉仕の精神あってこそ多くの国民に本来の幸せを与え、多くの賛同を得ながら発展していくことが出来るのではないか。

その道にこそ限界なき発展が約束されるのではないか。

原点はなんであるか。

本質は何であるかを常に世に問い、自ら自身に問う心を持たねばならない。

自らを高めるために信仰があるのではない。

信ずる神を偉大ならしめ、愛する人々を幸福にするために、信仰を通して己の心を美しく透明にしていくのだ。

この世の勢力との闘いに明け暮れるうちに、自らが闘う相手のように、利益を追求したり、言葉の鋭さを競ったりするような気持に駆られたり、この世的な結果に「原点の志」「本質なる幸福論」をぶれさせ、迎合することのないよう、重々戒め、神々と先人たちからの恩寵に対する、報恩業に基づいた美しき繁栄を実現せしめ、世界の規範となるべきだろう。

己を限りなく虚しうし、より偉大なるものに尽くさんとする程に、真なる繁栄と幸福が実現していくだろう。

数多くの恵みへの感謝を忘れ、自分たちのみの保身に尽くそうとするものは、個人であれ、組織であれ、国家であれ、例外なく滅びへの道を歩んでゆくだろう。

 

天照大神様は一貫して「世界を照らす日本」という誇り高い国としての在り方を願っておられる。

アジアに危機が訪れるとき、敢然と立ち上がる日いずる国としての精神を目覚めさせたい。