心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

11.22(木) 世を照らすために

翌日の初転法輪祭で祈願を受けることにした。

そんなこと考えてなかったんだけど、気づいたら「明日受けさせて頂こうと思いますよろしくお願いします」と宣言していた。

先週から日暮里の現場を担当することになって、仕事のあとに初転法輪記念館で静かにしていたら、なぜか昨晩見たクレイジージャーニーのことが思い浮かんでくる。
雑念かなとも思ったのだが、少し探ってみたら昨日の記事のような気付きが現れた。
思う存分自由に自己表現をするBritneyTOKYOに出演者も感化されていたことを思い出す。
その存在そのもので希望を与え、救っている。


描かれるビジョンは、包み隠すことなき自分。

公明正大な生き様。

誠の心が紡ぎ出す思いと、言葉と、振る舞い。

自らの生き様をもって信仰者の心を照らす鏡となり、人々の心に灯す希望となり、勇気となり、救いとなる。



祈願書をその場で書き上げ、御本尊の前で黙読し、奉納。

合掌し、感謝を捧げていると、前方の御本尊から暖かい光が胸の中に差し込んできた。

祈願は明日なんだけど、お聞き届けいただけたように感じた。





自分の人生に対して、息苦しさや窮屈さを強く感じていた。

心の思うままに振る舞うと自分がうまくコントロールできず、人や自分自身に害を及ぼすことも多かったから、自分を抑え込むことが、自分にとっての調和の原理であり、成長であると思っていた。

30代半ばに入ってようやく暴れ馬のような自分を御することができてきて、落ち着いてきたかに思っていたけれど、どうも違った見解があったのではないか。

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20代の頃は真理から遠ざかっていた。
もともと持っていた大きなエネルギーは、光として放たれることができず、欲望に向かっていくしかなかった。

やがて真理の縁に触れ、欲望の他に宗教的な目的意識を得た事で、エネルギーは光として放たれることもできるようになっていく。


正しい道を知り、徐々に小さくなっていく欲心とともに、暴れ馬は落ち着きを取り戻していく。
「もう暴れてはならない」と御者は馬の足に鎖をつなぎ、馬小屋に閉じ込めてしまった。


馬は太陽の光がさんさんと降り注ぐ大空の下で、力強く広い大地を蹴り、勇ましく、美しく、遥かなる地平へと向かって駆け巡りたかったのではないか。

息苦しく、窮屈な馬小屋ですごしていれば、誰を害することもなく、大過ない生涯を生きることができると思っているが、それは、大いなる発展の潮流の中においては、他のものの発展の妨げとなる害悪にもなり得るのではないか。
そのような生き方は、勇気なき生き様は、世に示すに値しない罪人の生涯である。

自分自身に対するあやまてる見解を今改め、光り輝く仏の子としての自己信頼と誇りを取り戻そう。
そして、取り戻した「本来の心の力」を発揮しよう。


息苦しさや窮屈さを作っていたものは、自分自身の欲望の影に対する恐怖心という鎖。
自分自身を信じて、チャンスを与えよう。

行け。
勇気を出せ。
鎖を断ち切った今、あなたは自由だ。



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