心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

12.13(木)宇宙を知り、人を知る

全然予定していなかった研修を気づいたら受けていた。

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エル・カンターレ祭会場のモニターで紹介動画を見てから、拝聴したいなと思うようになってはいたけど、まさか今日拝聴するなんて思っても見なかった。
不思議だった。いつからどのように拝聴しようという思いを固めたのかあんまり思い出せない。
昨日までは今日拝聴するという発想がなかったから、今朝のはずだが、気づいたら「早目が良いな」と思い、精舎へ向かっていた。
こんなに受ける決意を自覚できない研修は初めてだ。
まるで、ドラえもんの道具で寝てる間に呼び寄せられたような感じ。
moshimodogu.com
※↑こういうやつ

早朝のインスピレーションだし(夜のひらめきは変なのが多い)、このくらいの御奉納であれば良いかなと思って、精舎に向かっている途中で気づいた。
御奉納は自分が思ってた額の3倍だった(笑)

事前にきちんとした額を知っていたら気軽に今日拝聴しようなどと思えなかった。
引き返そうかとも一瞬考えたけど、もうその気になってしまっている。
そして、今を逃したら「その気」が宿ることはもうないかもしれないと思った。
その気になれているということ自体がチャンスと考え、チャンスを掴むことにした。
結果として、自分にとってとても良い研修だったので、早めに拝聴させていただけて良かった。
教えに触れたことで得た新しい認識に応じて未来の縁も広まっていく。
ただ単に新しい知恵を得たというだけではなく、このささいな経験が気づかないところで何かと結びついて大きく広がっていくこともあるだろう。

幸福の科学で明かされているベガ星人の性質や考え方にはとても共感できる部分が多く、逆に自分自身の性質を教えてもらえるように感じることが多い。
ベガの特質である「鏡」が自分のルーツを映し出して見せてくれているのかもしれない。
個人的にはレプタリアンと呼ばれる種類の宇宙人が好きだったりする。
姿かたちが個性的で、本人の特性がそのままボディーのデザインに反映されている感じが面白い。
人型の宇宙人より動物っぽい方が魅力的だと思うんだけど、賛同者は少ない。

一番自分にしっくりくるのは、アメーバみたいに形状がなくて、いつもグニャグニャ変化しているよくわからない形状の生命体。
人間として肉体を持っていなければ、一定の形をとどめられないんじゃないだろうかと思う。
この精神的なアイデンティティが定まらず、まるでアメーバみたいだと初めて自覚したのは10代後半のころだった。
自分のような分類不能なタイプの人間に会うことは基本的になかったので、自分がどういう人間なのかよく分からなかったのだが、宇宙にはこういう奴らがいるっていう話を知ったときは、とても嬉しかった。
それまでは人格的に未熟であるとか、性格に問題があるとか、自分自身の異常性として捉えていたのだが、そういう個性なんだと受け入れることができたことは結構救いだった。

自分のことを分かってもらえないというのは中々辛いものがある。
自分と周りの人との考え方の違いを説明しようとするほど変人として認定されることが多かった。
変人として認定されるだけならまだ良くて、中には同質性を強要して「普通の人間」に更生させようとする親切な人間がかなり多くいて、それには本当に苦労した。
一般的じゃない=馬鹿にされるっていう文化が田舎にはあったため、僕はどこか頭のおかしいやつとして友達には扱われてきたところがあった。
彼らはそのかわいそうな友達を幸せにしようと様々な説得を試みて、一般的な幸福のレールに乗せようとしてくれていたのだとは思うが、窮屈でしょうがなかった。
彼らの思う幸せな自分になってあげたいという気持ちもあったのだが、ダメなものは駄目だった。
自分を偽るくらいなら孤独を歓迎しよう。
理解できない人たちが誤解に基づく親切を発動させないよう、自分を分かって貰うための説明もしなくなった。
分かって貰えなくて当たり前だし、それは仕方のないこととして受け止め、それについて不満に思うことはなかった。

だが、宇宙人リーディングで様々な宇宙人の気質や特性、考え方が明らかにされるにつれ、自分を理解してもらえているような気持になることができ、救われるような気持になった。
それに、自分自身が自分に対するより深い理解者になるための手助けを得ることができた。
僕がベガを学びたがるのは、自分を知る手立てとして、他の宇宙人よりも有効であるように感じるからなのだろう。

自分をよりよく知ってこそ他の人を理解できるようになる。
苦しみを分かって貰えない孤独から誰かを解放してあげられることもあるかもしれない。
杓子定規に自分を分類されて雑な導きを押し付けられることほど辛いものはないし、そうした悲しみはたいていの場合気づかずに生み出されている。
見た目は同じ人間であっても、様々な考え方があることをもっと皆が知る手助けができれば嬉しい。
自分自身のみならず、他の多くの人がもつ様々な個性を学んで、人を理解できる人間になりたい。
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