心のスケッチ  佐々木大記

信仰生活において起きる心の変化や動きをスケッチしています。心の変化後に起きる現実の変化や奇跡といった結果よりも、「どういう心の変化がきっかけで自己変革をできたのか」という原因にフォーカスした描写を試みつつ、あれこれ自由に綴っています。要は信仰に基づく自己変革の実況中継と日々のあれこれです。

12.17(月)日本の心、地球の心

最終日

2年ぶりに伊勢参りをしに伊勢に立ち寄った。
半分観光、半分信仰な気持ちで行ったのだが、すごく良かった。

昨晩徳島を夜行バスで出発する頃から移動の一晩ずっと雨でどうなるかと思ったが、晴れた。
日差しが強くて眩しかった。


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空がどこまでも青い。
雨上がりの空気が我が身をも清らかにしてくれるような気がした。


密かに欲しかった天照大御神の掛け軸を頂いてきた。
「絶対に頂きたい」みたいな強い想いを持っていたわけではないのだが、実は僕の理想の一つとして、「天照大御神の掛け軸がかかった和室」というものがあって、そのイメージを描きながら和室のある賃貸物件を最近探していたので、霊界の方に霊的実体がある程度出来上がっていたのかもしれない。
フワッと実現した。

ありがたいことに、掛け軸を頂くにあたってきちんと自宅をお祓いしてもらえるらしい。
住所とともに奉納をさせて頂き、拝受した。





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参拝時とても神秘的な経験をした。
賽銭を入れ二礼し柏手を打ったら厳かな風が正殿から参拝者に向かってまっすぐに吹いてきた。
ゆっくりと垂らされた白い布が風によってきれいに真上に開かれ続け、通常正面からは見る事のできない正殿が、参拝の間中見事に開陳されていた。
参拝前から風でひらひらとめくれてはいたものの、あまりに良いタイミングできれいに真上に持ち上げられていたので、ただただ驚き感動するしかなかった。
参拝後、神々しい光が上から降ってくるような感じがした。
こんなありがたい事は初めてだった。
この神聖な感覚を忘れずに記憶に焼き付けて、自宅にすこしでも再現したいと思った。

研修の後に観光的なスケジュールを入れるのってどうなんかなとも思ってたけど、全然観光してる暇はなかったし、一信仰者としてこの場に来れて本当に良かったと思えた。

日本に生まれてよかった。
こんなに美しい国はどこにもない。
僕たちの大切な大切な日本。
日本万歳。

ていう感じ。


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信仰者としてだけではなく、日本人としての使命を負ってこの国に生きている。
そのことを忘れてはいけないから、ここに来させていただいたのだと思う。
大切な心だと思う。
一つ一つのお社の前に立つたびに、この国の使命を思う。
不思議だが私心が浮かんでくることはない。
僕のなかで明治神宮伊勢神宮は神々の願いを感じる場所のような扱いになっている。

日本という国、あるいは地球という星の特性を考えるに、「神々と共にある」「神々と共に栄える」というのが、一番の特徴なのではないだろうか。
研修の中で得たひらめきをメモしたものを見返すとこうある


他を敬い尽くさんとする心、
己を超えた存在、己を超えた生命、己を無くした未来へと
己を奉げる精神。
いさぎよく、自らは何も得ず、何も掴まず、他に良かれとする心
調和の心、大和の心、慈しみの心、神の心
神と共にあるのが地球人類の歴史である。
自己をはるかに超えた偉大なる存在と共に生きることが地球の歴史の大きな特徴である。
うやうやしく神の御心を頂き、人間としての努力を尽くす。
心のなかにしか確認されないような存在に対する愛を尊ぶ心が、その他への愛に転化して、違った形をとって現れている。
しかし、その愛の始まりは、神への愛、神との愛にその始原を有している。
魂にその愛の記憶が深く刻まれているのが地球に生きる魂の特徴である。


世界一の歴史を持つ日本という国の心が地球の心なのだと思う。
それを示すために、存在し続けているんじゃないだろうか。
そのように僕は思う。


伊勢をあとに、最終目的地の名古屋記念館へ。

前回の巡礼からしばらく時間が空いたけど、この場所を大切に思う気持ちを自分が持ち続けていたことは、立派なことなのかもしれない。自分で自分をほめてやっても良いかもしれないと思った。
この場所に初めて来たときから、先生の当時の気持ちを支えに精進をしてきた。
この一年の精進の感謝の気持ちを持ってどうしても巡礼させて頂きたいとずっと思っていたので、外せなかった。
でも、そんなこと考えて精進を志したり、それに対する感謝の思いだけでわざわざここまで来る人ってあんまりいないのかもしれないと思った。
もっとたくさんの人たちに大切にされる場所になって欲しい。
来年はもっと頻繁に巡礼させて頂いても良いような気がした。


少しだけ時間が残ったので、名古屋正心館へ。
礼拝堂はちょうどイベントが終わったところだったので、自分一人きりで参拝できた。
朝から伊勢を歩き回って、休む間もなく記念館の巡礼をしたりと、少し心が騒がしかったのだが、礼拝堂に入り、エル・カンターレ像に向かって歩くうちにすっかり心が静まった。
しばらくの間、主と一対一での対話の時間を取らせて頂いた。
後ろの席にかすかに気配を感じていたので、誰か入ってきているんだろうと思っていたのだが、帰り際に振り返ったら誰もいやしない。
見えない存在が共にいてくださったのだと解釈した。

みっちりとしたスケジュールだったけど、終わったなーと思うと同時に、これから始まるんだという言葉が湧き上がってくる。
何がどう始まってどう変わっていくのか全然分からないけど、これからもがむしゃらに追い求めていくだろう。
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