心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

12.20(木)聖なるビジョン

旅の余韻が全く抜けない。
明日金曜には旅立ちの日から一週間となるのに、出発当日の記憶を鮮明に再現することができる。
時間だけが入れ替わって未来にたどり着いているんじゃないだろうか。
まるで魔法にかけられたようだ。
そういえば、ヒームの霊言を拝聴したのがちょうど一週間前か。
これはこれでもっと昔の記憶のようにも感じられる。
どうも、物質的な時間の流れと精神的な時間の流れは別々のもののように思える。
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日暮里初転法輪記念館

精進の決意表明として毎週必ず誓願をすることにしている。
前の週にしたためた請願書を確認し、反省し、沈黙の時間をとり、ご指導を仰ぐ。そして新たな課題への取り組みを再び誓願する。

何気に続いていて、今週で4回目。最初の週は誓願ではなく祈願だったから早くも5週目になる。

計画的に意図してこのルーチンを作った訳ではないが、すごく優れたシステムだと実感している。
毎週決まった曜日に必ず来て、反省・瞑想・祈りをやることが、いつの間にか戒になって、たるみがちな気持ちを引き締めてくれている。
仕事の都合でいつの間にかそういう習慣になっちゃっているので、自分の意思力は一切使っていない。自分の力を使わないから良いのか。
「自分の力を使うんだ」と思っていると、いちいち考えたり判断したりするスキができる。
使うのは他力=神仏の力。神仏の力に使って頂ける自分となれるよう、心を磨き、この地上に神の心を現すための智慧や表現技法を身に着け、正しい信仰習慣を作るのが自力。
そういう関係性が理想なのだが、どうしても「自分の力を発揮しよう」と思ってしまうもので、長らく持ち続けてきた自我中心の考え方を切り替えていかないといけない段階に今あるのだと思っている。
きっと、他力の偉大さを十分に分かっていないというか、実感する機会を増やしていくべきなのだと思う。
その為にも、毎週誓願をする習慣はとても大事なのだと思うし、一日一日の中で「祈り」というものをもっと学び、実践していきたい。
僕の祈りにはビジョンが足りていないような気がする。
言葉ばかりで祈っても、天上界には通じないんじゃないだろうか。
思いのなかに明確なビジョンとして描けているものだけが本当は霊的な実体として天上界に届けられるんだと思う。
伝道のビジョン
経済繁栄のビジョン
成功のビジョン
降魔のビジョン
和顔愛語のビジョン
精進のビジョン
主と共にあるビジョン
悩みや葛藤に対して打ち返すべき正しいビジョンを十分に描けていれば、その祈りは必ず成就すると思う。

もっと祈れ。

そう言われているような気がしてならない。
きっと祈らせまいとする勢力も存在して、なんとなく祈りの時間から遠ざかっていたりするのだと思う。
その反対勢力を呼び込んでいるのはやはり自分自身の慢心だろう。
自力への過信が他力をはじき、祈りを遠ざけようとする勢力と同通しているのだ。
如何に智慧や能力を豊富に蓄えようとも謙虚さを失った状態で神仏の力が及ぶことなど決してない。
身に着けてきたものを正しく発動させるためにも、聖なるビジョンを追及して祈る習慣を努力して身につける必要性が今、増してきているのだと思う。
言葉や形だけではない、本物の祈りを日々届けられるよう、そして、答えを受け取れるよう、姿勢を正していきたい。
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