心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

10月 記事一覧

記事の一覧を各月ごとにまとめることにした。
毎日そこそこの長文で一つ一つを開いていくのも面倒だし、自分自身の勉強のために時折振返る必要がるし、自分の思考がどういう霊流のなかにあるのかを確認するうえでもまとめがあったほうがよかろう。
記事と記事の中身をある程度把握するための抜粋した文章を一覧にしておく。
新月の一覧には日々最新の記事が一覧に追加されるようにしとこうと思う。

10月

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10.1(月) 変容の影
濁るときは一瞬で濁る。
むしろ、透明であればあるほどに染まりやすい
集中力、即ち禅定力を鍛え発揮できなければ、簡単に己を見失ってしまうだろう。

10.2(火) 交差点
人生のほんのいっとき子供たちは同じ車両に乗り合わせる。
共に見た景色も幻のようだから、僕たちは互いの記憶をいつかつなぎ合わせる。
ふたりは別れ、それぞれの旅に出る。

10.3(水) 成功への心
「条件」をもとにした未来設計ではどうしてもたどり着けない結論がある。
「条件」とは他人や環境だ。一言で言い換えるなら「言い訳」。
その選択の先にどんな結果が待っていようとも、自分で責任を取れる人生を生きた方が良い。どんなに手痛い失敗が待っていようとも納得できるだろう。自分以外に自分の人生を生きる人間はいないのだから。

自分自身に恥じることなき生き様を貫けるだろうか。どれだけ偉そうに語っても棺桶の蓋が閉まるまで分からない。
立場が変われば保身に走ろうとする自分にも出会うだろう。
成功が自分に何かを与えたかに見えるときも、決して囚われることなく、心一つで生きられることをこそ、真の成功として歩み続けよう。

10.4(木) 大いなる存在のために
様々な試みはあったとしても、最後には自分の力をも超えること。
人間として成し得る限界において、誠実に祈る。

10.5(金) 霊的認識の変わり目か
楽しかった地上での仮の生活が遠ざかっていくような感覚がある。

10.6(土) 200%でも妥協は妥協
与えられた才覚に対する責任の自覚があったのではないだろうか。個人的欲求でできることではない。

求められているのは今や過去の自分を基準にした全力ではない。
未来の約束に基づいた誠意はどこにあるのかを真剣に求めなくては、今を越えていくことはできないだろう。
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10.7(日) 大切な人へ
一人きりの今に閉ざされていた自分が、たくさんの人たちに育まれた長い時に向かって開かれていく。
たった一人でも良い。
心の中に大切な人を描けるなら、私たちは何度でも立ち上がることができる。

10.8(月) 休日
犯罪を犯しているわけでもないのにもの凄く罪深い気持ちになった。こんな時間の無駄遣いをしてオレは一体何をしているんだ。

10.9(火) 「休日」から学ぶ
経文読んでも、怪しげな映像が頭にバンバン浮かんでくる。

理想は、自分が努力していることを忘れるくらいの自然な集中状態。
必要なことだけに必要な分エネルギーが注がれていき、また、入ってくる。有機的で無駄遣いがない状態が理想だ。
自分自身との戦いの終着点にある境地は「忘却」なのかもしれない。

10.10(水) 神秘体験読書感想文
読者本人の想像性や、霊性を刺激して活性化させるようなものを作り出したい

10.12(金) 出会い 映画『宇宙の法』
自分自身が感動してると考えずに動けるから手っ取り早い。

10.13(土) 魂に刻むアルファの心
数ある印象深いエピソードの中には、絶対に忘れないための仕掛けがなされているものがあるような気がする。

10.14(日) 調律眼
ある日突然大きな崩壊が起きるなんてことはない。気づいていないこと、気を配れていないことの中に、何かしら危険信号は現れている。

10.16(火) 「信じる」という歩み
『信仰の法』の年だからこそ繰り返し探求し、深められるテーマだと思う。

「納得できていないからできません」
そんな考え方が自己変革の障壁となっていつも立ちはだかっているのだが、この壁を突破するのは最終的には、「納得」ではなく「信じる」という自分を越えた世界への帰依しかない。

知識量や能力の高さ故に自らを優れたものとする満足感に浸るうちに、「信じる」という最高度の霊性を失っている可能性がある。

学んで知るということが真理の道への入口となるが、広大無辺な入口を端から端まで歩いてみたというだけで、実は全然中に踏み込めていないという可能性だってある。

ちいさなちいさなこの世の中だけで、いくらたくさんの支持を集め、成功に見える結果を得たとしても、本来掴むべき霊性の進化を掴み損ねたのならば、それは不毛な魂修行であったと言わざるを得ない。
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10.15(月) 殻の中で

魂の祈り
耳を傾けるべき己自身の奥深くにある祈り

10.17(水) 宏洋さんに学ぶ
彼らが『疑』によって競い立とうとしているとしたら、彼らにとって一番嫌なことは『信仰』。信じることの尊さが広がることなんじゃないだろうか。

信じることで主と繋がることができる。
なぜなら主が弟子を信じて下さっているから波長が同通するのだと思う。
繋がることで自分自身を導き、自らもまた闇を照らす小さな光の一つとなる。
「彼ら」はその縁を断ち切りたいんじゃないだろうか。

10.18(木) 霊的感化への気づき
霊的感化を自分自身にどう与え続けていくかということを、もっと真剣に考えよう。
それこそが霊性の向上への近道、というかそれ以外の道は遠回りしているといっても差し支えないのかもしれない。

10.19(金) 情熱を受け継ぐ
「大人になるまで待つ必要ない。今すぐ何かをしたい!」

偉人に感化されて動かずにいられなくなる。
たったそれだけのシンプルなことがいつの間にかできなくなっている今の自分が見えた。

10.20(土) 一日の意味を示す
神仏への信仰心とは、自分の内なる仏性に対する限りない信頼と両立するものであり、強さの源泉でもあると思う。したがって結局は自分自身の内面に帰ってくるものなのだと思う。というより、内面にきちんとフィードバックされる形で信仰というものをとらえないと、正しい信仰にはならない気がする。
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10.21(日) 心身ともに休む

宏洋さんのまなざし

10.22(月) 主の願いと自分
自分の本物の願いは必ず仏の願いの中の一つと必ず一致するはずだ。
そうであるならば、主の願われている教団の未来にもっと目を向けよう。

10.23(火)主の願いと自分②
現在の自己認識にとらわれていると、いつまで経っても真実を見ることはできない。

今までの自分を中心にした考え方、主の願いを小さな自分のレベルに引きずり降ろした考え方を反省し、主の描かれる大きなビジョンをもっとすなおに受け止め、そこから使命を感じてみよう。
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10.24(水) 新しい革命の時代へ
自分に対してもっと感化の体験を積ませなくては、人を目覚めさせるような霊的バイブレーションを言葉に宿すことは難しいだろう

自分自身を忘れ去ってただただ風のように激しく吹き続けるまでに変化できれば使命の人として認められるレベルになれるだろう。
あってなきが如き自分などというものにとらわれる心を克服しよう。

10.25(木) 静かな一日の随想
与えられた環境の中で、いかに宗教的な心を養うかということが日々に試されている。
苦難困難が訪れたときに、今保てているバランスを守ることができるかどうかは日々の小さな信仰行為と他の多くの人への感謝の積み重ねにかかっているのだと思う。

10.26(金) 足かせを外せ
前進を恐れるな 失うものなど何もない


10.27(土) 少し先の自由へ

10.28(日) 「自己犠牲の精神」セミナー
「如何にして心で受け止め、心に如何なる変容を促すか」
心の濁りを日々に取り除き、霊人たち、そして主から放たれる光をねじ曲げることなく、真っ直ぐに受け止められる透明な心を作ろう
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10.29(月) 心の環境整備

10.30(火)集中と捨てること。
これまでの自分の生活へのこだわりが新しい自分の生き方を圧迫して苦しみを生んでいた。
今までになかったものを得るということは、今まで掴んでいた何かを手放すということだ。

10.31(水)一日一生「未来への終活」
常識の範疇だけで生きていると分からないことかもしれないけれど、人間は自分で思うよりも、もっともっと大きな力を発揮することが出来ると信じた方が絶対に良い。
そう思わない限り、様々な可能性を秘めたまま、どんどん人生の時間を通り過ぎさせていくことしかできない
可能性を信じないことによって生じる責任は、信じない本人が負うものとなる。

どんなに成功したとしても、或いは努力し続けていたとしても関係なく、「可能性」という坂の上の雲は存在し続ける。
そこに至るための坂は、汗と創意工夫と自己変革だ。
今という安全地帯に執着して、見て見ぬふりをしている未来が、いついかなる時も必ずあるはずだ。
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