心のスケッチ  佐々木大記

信仰者が日々体験している心の変化を随筆や詩を通して描いてます。34まで会社員でしたが、真理探究中心の生活を作りたかったので頭脳労働をやめ、現在は宗教と哲学を学びつつ、幸福論をテーマとした児童文学を執筆している清掃員38歳です。これまで自分の心の課題や自己変革を基に心の動きを綴ってきましたが、時代に光を灯すべく、世の中を少しでも幸せに映す「心の窓」をここに辿り着いた方へ提供していきたいなと考えてます。(2019年8月30日)

1.13(日) 想像か意思か

初夢だったろうか。
正月中に見た夢に『マーフィー 愛の名言集』という本が出てきた。

もう何年も前に図書館で借りて、面白いからいつか買おうと思ってたもので、去年購入するも、あまり読み進んでなかった一冊だった。

帰省中に読んでみようかと選んだ本の内の一冊でもあったのだが、満を持して読み始めるととても面白い。
男女愛を切り口に人間関係調和のための心の法則が具体的に書かれている。

読み進めていると今の自分だから深く読めることが分かる。
買った当時の認識力では読解しつつ霊的真理と融合させることはできなかっただろう。
(僕は一般書を読むとき、ただ理解するだけではなく、真理知識に照らしながら自分なりに思想を編む。)

読む準備ができたから夢に出てきたのか。


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今霊的に不調で、日々仕事をするか部屋で寝たきりのようにゴロゴロダラダラするかっていう生活が2日ほど続いている。
仕事自体は変わらずこなしているのだが、信仰生活においては勤勉さが失われている。

今こそこの本のマーフィー理論を活用する良い機会かもしれない。


まだ半分くらいしか読めてないんだけど、その中でも「おお!そうなのか」と思った部分がある。


・意思と想像力が反目する場合、勝つのは常に想像力で、例外はない。
・意思と想像力が相争う場合、想像力の力は意志の力の二乗に正比例する。


これは自己暗示学の大家、エミール・クーエが編み出した自己暗示の法則らしい。

意思より想像力の方が現実に及ぼす力が強い。
この法則から逆算すると、「現実のほとんどは想像力によって作られている」という風に考えることができる。


ということは、今の自分の不調もそうだが、人が陥るスランプは、本人の想像によって作られ、また解消することもできるということか。
確かにそのとおりで、自分自身が不調なイメージを心に受け入れて描いてしまっている。
裏返せば、「不調の中を過ごす自分自身」というイメージを止めて、ポジティブなビジョンを描けば、受け身の体制で耐え忍ぶだけではなく、主体的に不調から脱することもできるということだ。

逆風に対して意志の力で立ち向かうのではなく、逆風を受けているイメージそのものを思いの世界において変更してしまうといったところか。
確かに、霊的実態を先に作り上げてから意志の力を使った方がより効率的だと思う。


こういうポジティブな法則は素直に受け入れるに限る。
なんやかんやと難癖をつけて、変わらない現実の中で奮闘する自分にしがみつくのはバカバカしい。
そんなエネルギーがあるなら少しでも人助けのために費やしたい。
発展の可能性があるなら自分の無知を喜んで受け入れて新しいいメソッドを身につけよう。


と言うことで、これから何らかの良いイメージを描いてリバウンドすることにしたのだが、どんなイメージが良かろうか。

不調の最中で積極的なイメージをデザインするなんてこと今まで経験なかったので、中々面白い試みだ。
そもそも、不調時に気持ちを落ち込ませないでいること自体一昔前まではなかったことだ。

一つ注意点だが、暗くなっているときに何か理想のイメージを描こうとしても無駄だ。
波長同通の法則で暗くなっているときはネガティブなイメージが集まってくる。

今は不調ではあるものの悲観的にはなっていない。
じゃあ、がんがん想像しようじゃないか。

どうせなら不調に陥る以前の状態まで回復するんじゃなく、より強くなるイメージが好ましい。
欲張りだろうか。
でも実際の話、復活後の方が強くなる例は多々ある。
人間の骨は骨折して回復した後の方が強くなるらしいし、サイヤ人だって復活した後にめちゃ強くなる。
僕自身も何度もマットに叩きつけられる中で打たれ強い心を養ってきた。
というか、そういう「叩きつけられる自分」っていうイメージが不調を呼び込んでいる可能性もあるのか。

確かに僕は「負荷によって鍛える」っていうイメージを強く持ちすぎている気がする。
そうではなくて、「自信によって実力をきちんと発揮させる」イメージをもっと描いてみても良いのではないか。
内から外への切り替え。
これでいこう。

マーフィー愛の名言集―愛の奇跡がおこる本

マーフィー愛の名言集―愛の奇跡がおこる本

イメージが意思を牽引する。
正定が正念を牽引し、正念が正精進を牽引する。にちがいない。