心のスケッチ  佐々木大記

信仰者が日々体験している心の変化を随筆や詩を通して描いてます。34まで会社員でしたが、真理探究中心の生活を作りたかったので頭脳労働をやめ、現在は宗教と哲学を学びつつ、幸福論をテーマとした児童文学を執筆している清掃員38歳です。これまで自分の心の課題や自己変革を基に心の動きを綴ってきましたが、時代に光を灯すべく、世の中を少しでも幸せに映す「心の窓」をここに辿り着いた方へ提供していきたいなと考えてます。(2019年8月30日)

2.2(土)一線を越えろ

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ドラマにはまっている。
シーズン5まである海外ドラマのシーズン3まできた。

常識を遥かに超えた科学事件の捜査チーム「FRINGE(フリンジ)」の主人公たちが、徐々に明らかにされていく事件の影にある”平行世界(パラレルワールド)”と運命を重ね合わせながら困難に立ち向かっていく超科学サスペンス。
心霊ものや宇宙ものとは違った切り口で、自分自身のこの世的常識感覚に「揺らぎ」を与えられる内容になっている。

ストーリーを力強く脈動させる異常な事件の数々に強烈にひきつけられるのだが、そのパワフルな設定に負けないだけの魅力的なキャラクターたちが、ときには知恵で、ときには不屈の闘志でもって突破不可能に思える困難を押しのけながら、観客をより大きな謎と困難の物語に牽引していく。

この面白さはどこまで高まっていくのだろうか。
面白すぎて今日はついに全身がしびれた。
ここまではまるともう終わって欲しくない。


平行世界を題材にした世界観や、常識にとらわれないフリンジチームのやや非常識なやりとりと発想を目にしていると、常識と言うものが如何に狭く閉ざされた枠の中にあるのかを考えさせられる。
そして、このぶっ飛んだ感じがとても自由で心地よい。
彼らは常識にとらわれようとしない「思考の自由」がいかに尊いかを、言葉ではなくストーリーを通して見事に表現している。

もし主人公たちが常識的な思考パターンの持ち主であったなら、困難な状況や絶体絶命のピンチ、解読不能に思える謎を前にして、その壁を突破していくことは不可能だったろう。
たいていの人間はその自尊心ゆえに、恥をかくことを恐れ、失敗のリスクに対して果敢に挑んでいくことができないものだ。
しかし、主人公たちは我々観客の期待を決して裏切ることなく、人間に本来備わっている勇敢さを、一つ一つの決断によって示し続けてくれる。
それは観客自身にも備わっている善性を力強く肯定してくれるエールのようにも思える。
「どんな困難な状況にあったとしても、諦めず、勇気を持って前進することで必ず道を開くことができる。」
そう言われているような気持ちになる。

神秘や未知を否定することなく、その未開の地にこそ真実があると考える姿勢なくして、未来の進歩は許されない。
僕自身、いつのまにか既知の世界の中で停滞しているようなところはあると思う。
他人と比べたら常識から外れた世界観を持って生きていることは確かだが、自分自身の世界観のアウトラインを広げることが、日々にどれだけできているかは疑問だ。

フリンジのストーリーの中で、キーパーソンとなる科学者は遺言で『一線を越えろ』という一言を親友であるフリンジチームの科学者に残す。
遺言を受け取った科学者の性格はとても奇抜で自由な発想の持ち主であるのだが、彼であっても実は広大な自分の既知の世界の中に閉じこもっているようにも見える部分がある。
僕自身、常識にとらわれない人間になった気でいるが、実はある程度広い世界に出て満足してしまっている可能性はある。
本当は開くことのできる扉がまだまだたくさんあるのに、相対的な広さの中で出来上がってしまっている。

己の分限を知るということも大事かとは思うが、その分限は成長していくものであり、早々に限界値に達するものではない。
成長相応に拡大した越えるべき一線を正しく見、勇気をもって越えていかなければ、精進は完成しない。
「謙虚」と言う言葉を停滞の隠れ蓑にして、無意識に勇気を要する前進を避けているのではないか。

そもそも僕は分限を考慮する立場に立つことすらできていない気がする。
そういうことはもう少し実のある仕事をしてから言えって感じだよな。
俺レベルで分限を越えたところでたかが知れている。

自分の中に常にある一線を越えていく気概を確かめよう。
勇敢な主人公たちが紡ぐ物語に大いに感化されようじゃないか。