心のスケッチ  佐々木大記

信仰者が日々体験している心の変化を随筆や詩を通して描いてます。34まで会社員でしたが、真理探究中心の生活を作りたかったので頭脳労働をやめ、現在は宗教と哲学を学びつつ、幸福論をテーマとした児童文学を執筆している清掃員38歳です。これまで自分の心の課題や自己変革を基に心の動きを綴ってきましたが、時代に光を灯すべく、世の中を少しでも幸せに映す「心の窓」をここに辿り着いた方へ提供していきたいなと考えてます。(2019年8月30日)

2.16愛と精進

気楽な精進

このごろリラックスする時間が随分増えた。
というよりリラックスしすぎなんじゃないかというくらい、頑張っていない。
肩の力を抜く生き方を学ばせてもらっているんだと思う。

以前は気持ちに余裕がなく、いつも「もっと頑張らねば」と思っていた。
テレビだったり娯楽に時間を割いたあとは罪悪感を感じていた。
今は全部前向きというか、すべてが完璧な導きだと信じきって受け止めることにしてる。
失敗に見えること、徒労にも思える経験、ダラダラ過ごした時間。
そういう時間をも感謝で受け止める。
そして、気持ちを切り替えて心の修行に集中するのだが、結構良い感じに集中できるし、悪くない感じがしてる。

その土台としての凡事徹底生活が保たれているかのチェックだけしていて、あとは結構自由に任せようとしている。
これまでも傾向性で気張っちゃうところもあるんだけど、緩急のバランスの取り方を今改めようとしているのかもしれない。

朝晩の正心法語全編読誦
朝の教学
環境整備
健康管理
以上を凡事徹底セットとして、崩さないでいればとりあえず後は自由。
プラスアルファで何かしら良い習慣を取り入れてみるとか、こまごまと小さな創意工夫を楽しんでいる。

もうちょっと頑張らなきゃいけないんじゃないかと思ったりもするんだけど、それは傾向性として掴んでしまっている心の癖なんだと思う。

義務感
強迫観念
勘違いしたストイシズム
自己陶酔型の形式的努力

正しくありたいという一心で努力していたのだと思うけど、どこかうまくいかないところがあった。
自分に厳しくあろうとする表面意識に対して本心はいつも反発していて、努力が長続きしなかった。
理想どおりに努力できないとき、自分を責めることで自分に対する厳しさを持っているつもりになっていたけど、実際には自尊心や自己信頼を自分で傷つけていただけだったように思える。

悪い自分を罰し、強制するかのような息苦しさ。
いつまでたっても魂は解放されず、不自由。

そんな状態だから、頑張るほどにストレスがたまり、心がこわばり、満たされず、バランスを崩していく。
表面意識ではそれが正しいと思ってやっているから修正が効かず、潜在意識へ不調和が蓄積されていく。
やがて蓄積しきれなくなった不調和が表層にあふれ出し、生活が乱れ始める。
お金の使い方、時間の使い方、他人に対する裁き心など、自分や他人に対する破壊作用が働く。

そういう悪い循環がこれまでの実態だったのだと思う。
マイナスだけではなく、それなりに経験から学び続けてきた部分もあったので、このやり方をなかなか否定しきることができなかったけど、否定しよう。
このやりかたでは幸せになれなかったじゃないか。

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凡事徹底+リラックス

余白の創造性、生産性を今実感しつつある。
ストレスが生じにくいサイクルなので、生活バランスが整いやすいというか、とりあえず本心が納得してくれてる感じがある。
「こんなの違う」っていう反発心が潜在意識に蓄積して、決壊して、崩壊っていうサイクルからは外れた。
おかげさまでこれまで破壊と修復に費やしていた時間がなくなったことに気づく。

この流れなら、自尊心や自己信頼を育んでいけると思う。
たぶんもっと自分を好きになれる。
他の人のことももっと好きになっていける気がする。

まずは自分自身を大切に思おう。
一歩下がって自分を見て、良いところを認めて好きになってあげていい気がする。

個人としてやれる最初の社会貢献として、世界の一部分としての自分を愛し、許し、癒し、救おうと思う。
破壊をやめて創造に舵を切ろう。
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