心のスケッチ  佐々木大記

信仰者が日々体験している心の変化を随筆や詩を通して描いてます。34まで会社員でしたが、真理探究中心の生活を作りたかったので頭脳労働をやめ、現在は宗教と哲学を学びつつ、幸福論をテーマとした児童文学を執筆している清掃員38歳です。これまで自分の心の課題や自己変革を基に心の動きを綴ってきましたが、時代に光を灯すべく、世の中を少しでも幸せに映す「心の窓」をここに辿り着いた方へ提供していきたいなと考えてます。(2019年8月30日)

許しから祈りへ

最近よく映画を見ている。
録画するだけして全然見れていなかった作品をちょいちょい見始めている。
実は忙しくて見れなかったわけじゃなく、見ちゃいけないような気がして見る事ができてなかった。
娯楽に2時間も費やしてしまって良いのだろうかという気持ちがあって、見るに見れなかったのだが、そういえば、なんか最近見れてる。
信仰生活の戒を定めたのと、ひそかにやっていた許しの自己暗示が効いて、自由になったんだと思う。

許しと自己実現って結構関係深いんじゃないかと思っている。
過去自分が変わったなと思えた瞬間を振り返ると、「こういう自分ありかも」とか「やってみても良いような気がする」っていう気持ちの変化が起きて行動に移していることが何度かあった。
逆に、すでに現実として我が身に起きていることであっても気持ちがついていかず、「絶対に無理だ」と思ったとき、まったく身体が動かなくなったこともあった。

要はOKを出すのは自分自身なのだ。
祈る前に許せているかどうかを確かめることは重要だと思われる。
祈りによる奇跡を自分ではじいてしまわないためにも。


ssktmnr.hatenadiary.jp
↑この記事で語っている『自分』なるものも、イメージの産物でしかなく、まったく新しい自分に変化することを自分自身でよしとしてしまえれば、案外簡単に古い殻を破って新しい自分が自然に出てくるのかもしれない。

映画を気軽に見れない期間は9年くらいあった(けっこう長い)。
信仰から離れて地獄的な生き方をしていた時間を悔いていたこともあり、「修行せねば」っていうマインドに支配されていた影響の一端なのだと思うが、そんな自分を許し、愛し、信じ、期待をかけようと、長い時間をかけて意識を変えてきた。
「映画を心置きなく見る」っていう些細なことではあるが、今すごく楽しい。新しい自分で全然良い。
この9年は呪いにかかっていたんだとすら思える。


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「自分の個性を愛するんだ」なんて宣言してたけど、これも自分でかけた呪いだとしたら、許してあるべき姿にしてあげた方が自分のためにも周りの人たちのためにも良い。
きっと良いことづくめに違いない。

地獄的な生き方をしていた時代に対する処罰意識の解消だったり、過去のさまざまな体験の中で自分にかけてきた呪いを解消していく中でさまざまな変化が自然に起きてくるだろう。
これまでにおきた数多くの変化も、自分自身に対する許しに応じて起きてきたことなのだと思う。
変化を恐れずに身をゆだねよう。今のところ良いことしか起きていない。

映画を見れるようになった。
お金の巡りがよくなった。
「ねばならない」から解放されて気楽になった。
沢山の素晴らしいことに気付かされた。

これから先に許すことでもっと進展していけることが、まだまだたくさん待っていると思うと楽しみだ。

出世
伝道
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性格改造
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経済繁栄
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事業
健康
若返り

主の光を引いてくることであらゆることは可能になると信じている。それを実証する義務が自分にはある。
あらゆる人のあらゆる悩みに答えられるだけの経験を自分に与えたい。
人間に限界も不可能もないことを証明したい。
あらゆる人の心に希望と勇気を灯すチャネルになりたい。
だから
僕はあらゆる成功が我が身におよぶことを許そう。
過去にこだわり、執着する心は、愛ではないのだと、自らに言い聞かせよう。
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