心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

愛 -This is my 原点-

長い夢を見た。
「もし迷うことがあれば、ここに戻れば俺たちに会うことができる。0311号室。3.11だよ。」
3.11なら覚えやすいね。などと話した。
夢から覚めて印象に残ったいくつかのポイントを振り返ったが、「3.11」の話が一番強く残った。
その部屋で4人くらいの仲間と過ごした夢だったのだが、メッセージとしては3.11のときの現実の思い出を振り返ることが自分にとって大切なことなのかなと感じた。


昨夜久しぶりにワインを飲みつつ(そういえば全然禁酒してないw)アナザースカイを見てた。
モーリー・ロバートソンハーバード大学の学生時代を振り返っていたが、印象深かったのは、「ハーバードでの過酷な日々を生き抜いたことが自信という財産になっている」
「いつどの時点で人生の転落があってもゼロから人生を作り直すことができる自信が身についた」
というようなことを言ってたと思う。

僕自身がたどってきた道で掴み取った考え方を言い表しているような気もして、とても共感というか共鳴するような響きがあった。
「底力」っていうのかな。
思うように行かない苦しい状況でどんな時間を積み上げてきたのか。
その軌跡が自分自身を支える確かな実績であり、自信でもあり、神様から与えられた特別な愛だったと思える。

これって世の中に何を残すことができたかっていうこと以上に大切な原点なんじゃないだろうか。
信仰を持って神様と共に苦しい道を乗り越えてきたんだっていう自覚がなければ、如何なる自己実現も独りよがりのものにしかならないだろう。


3.11前後は確かに自分にとって大きな変わり目の時期でもあったと記憶している。
当時は弱かった。弱い自分を見つめて落ち込んでしまうような傾向が強くあって、とても惨めだった。
あらゆることがうまくいかず、閉塞感の中でもがいていて、出口が中々見えないトンネルの中を何年も歩き続けているような感じで、一番きつい時期だったかもしれない。
救いは信仰があったことと、いろんな人たちとの出会いに恵まれていたこと。


失意の中でようやく短期間の仕事にありついて、4月以降の長期の仕事も決まり、なんとか気持ちが上向いていたころに震災がやってきた。その日に偶然一緒に一夜を過ごした人たちと何故か飲みに行って、ものすごく明るい時間を過ごしたことを鮮明に覚えている。そのときは、自分を中心に周りの人をめちゃくちゃ笑わせて、その場をかなり盛り上げていた。不思議なくらい力が湧いて、スポットライトを浴びているような輝き方をしていた。

自分の挫折感覚でいっぱいになっていた心が、震災によって破壊され、外に向かって光を点じることができるようになった瞬間だったんじゃないだろうか。モーリー・ロバートソンにとってのハーバード体験と比べられるものかどうか分からないけれど、「This is my 原点」と言って良いポイントが実は3.11の意味だったのかもしれない。


苦しい時期なんて他にいくらでもあるし、どれが一番だなんて決められるものでもないんだけれど、世界が暗闇に沈む中でひときわ強い輝きを放っていたあのときが、神様にとって望ましい姿だったんじゃないだろうか。
考えても見れば、あのときの僕はちょっと神がかった光り方をしていた。
何年あとにでも思い出せるよう、その日に許された体験だったのだと思う。


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主と共に闇夜に光を点じる


それが自分を輝かせていくうえで忘れてはならない姿勢であり、唯一の目的。


真理に出会ってからの人生は、苦しい時期が多かった。
前向きに受け止めて、良く言うこともできるけど、葛藤の連続だったと思う。
でもそれは、苦しみの中を主が共に歩んでくださっていた、「愛の時間」だった。

真理と、自分自身の日々を照らし合わせ、考え続け、10年経った今、それが分かる。
深く深く愛されていることを自覚するために与えられた時間が、自分の中で揺るぎない誇りと自信になり、感謝を形あらしめる力になる。


これが信仰の価値だろうし、信仰者としての自分が持ち続けなくてはならない文脈だ。


自分のことばかり考えて苦しんでいた青年が、愛に導かれ自分を超えて世を照らす光となっていく。
そんな愛と奇跡の物語を描くからこそ、霊性に目覚める意味がある。


どんなに惨めで何も持たない自分であっても、主と共にあったあのとき、確かに光を与える側に立つことが出来ていたのだから、ゼロからでもマイナスからでも、自らの人生を光あるものに必ず作り変えることができる。


愛あらば。
主と共にあるならば。