心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

人と共に

朝から久しぶりに母と些細な口論をして目を覚ました。
家族って面倒くさいものであるが、元気で何よりだし、遠慮なく言い合えるってありがたいことだなとも思う。
離れられない家族関係で悩みが特にないっていうのはとても助かる。
世の中には家族関係の悩みを抱えている人がたくさんいる。


昨日は恨みつらみの報復合戦をし続けている夫婦のお子さんの悩み相談を受けていた。
20年以上にわたってやりあって現在70代と言っていた。
結構陰険なやり合いを子供を挟んでやっているようで、とても気の毒だった。
このまま晩年期を憎しみ合いで費やして死んでしまったら、怨霊化してしまうんじゃないかと思う位なのだが、これは他人事ではなく、わが身に起こり得ることなのだとも思う。


近しい関係だからこそ簡単に割り切れず、関係がこじれてしまうということもあるのはよく分かる。
家族とはいえ尊重すべき別人格だということを勘違いすると、互いに敬意を失ったぶつかり合いをしてしまう。
僕も気軽に母と口論していたが、始まりはこんなものなのだと思う。
「互いの信頼関係があるから別に大丈夫だろう」という位の気持ちで雑な扱いをしてしまう。
それはきっと母に対する甘えの裏返しで、まだまだ精神的な自立ができていないんだなと今思った。


貴重な人生の時間を人間関係の悩み苦しみで何年も費やしてしまう人が世の中には実際沢山いる。
どこかで軌道修正しなければいけないのだが、変わることが出来ない状態に陥ってしまっているのが多くの悩んでいる人の姿なのだと感じる。

・自分の間違いを見つけられない、或いは認められない。
・時間がいつまでも続くかの如く思い違いしている。
・心の自由性を忘れてしまっている。

だいたいこの三点セットで人間関係のぶつかり合いの道を突き進んでしまうのだが、自分自身もさっき母と言い合いしているときはまさにこの三つだったな。

・相手の問題点ばかり指摘して、自分の非を認められないでいた。
・お互い元気でなんの心配もないと思って、労り合う気持ちを失っていた。限りある大切な時間を育んでいることを忘れていた。
・自分の心は自分の自由に任されている。怒りに染め上げるのも、感謝に満たすのも、相手のせいではなく、自分の責任において選択している幸不幸なのだという真理を見失っていた。


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冷静に書き出せば分かることも、ちょっとしたやり取りの中で感情的になり、心のコントロールを忘れてしまっていた。
恥ずかしいことだ。
幸い、今朝のひと時だけの言い合いで、積年の恨みつらみが僕と母にあるわけではないので、軌道修正はまだ楽だ。

これが10年物20年物ともなると、もはや後戻りできないレベルに達しているんじゃないかと思われる場合もある。
昨日の相談者には晩年の貴重な時間を少しでも幸せに過ごしてもらえるよう、子供としてどう両親に関わっていくかをお伝えさせて貰い、心を軽くしていただくことはできたのだが、両親の関係修復はもはや望めない様子だった。
残された時間が少ないって言うことに対して、どこまで気づきが与えられるのかは定かではないが、少しでも穏やかな人生を取り戻せるよう祈るばかりである。

新しい人間関係や家族関係を築いていくこともこれから先にあるかもしれないから、気を付けておこうと思う。
一人で生きているわけじゃないんだ。
実際の人と人との繋がり合いの中で互いの心を育み合っていることを忘れてはいけないと肝に命じよう。

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母さんごめんよ。