心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

剣禅一如

「剣禅一如」という言葉が昨日からずーっと頭を離れない。
二日前に岡潔先生の霊言を再読してから頭の中に残って消えなくなったので、その言葉が出て来る箇所を改めて読んでみたら、そこまでじっくりその言葉が語られているいるわけでもなかった。しかし、その精神が日本民族が経過した「偉大なる時代の精神」であるということが熱っぽく、感情的に語られていた。
感情的な言葉というものは良くも悪くもどうしても感応してしまう。親子喧嘩でどうでも良いような言い合いをしていたのも、気を許して感情を開放しあっている所に原因があるのだが、その反響の収集がつかない状態を「喧嘩」というのだろう。終わった後には置き土産をされたが如く、その感情がこだまし続ける。
昨日の母とのやり取りで生じた反響は早々に消し込んだが、岡潔先生からもらった「剣禅一如」の一言はどうもその響きがどんどん強くなっていくような感じがあり、昨日一日それこそ禅の公案のごとくその言葉について考え続けた。
実際にネットで検索して関連情報を調べたりもしたのだが、全然情報量がない。中には禅のブログで深く解説があるものもあったので、それはそれで面白い出会いだったが、これは情報に頼るより、心の中に垂らした掛け軸の「剣禅一如」の四語を見つめながら、自分なりに思考し続けることに意義があるように感じた。


剣と禅は一つ。禅を業ずるものは心の中に剣を持つ。
禅は降魔。文殊の利剣に等しく煩悩を凌駕し真なる繁栄を実現する力。


剣禅一如の精神は鎌倉時代の武士階級に禅の精神が歓迎されることで花開いたらしいが、「剣」という一語は精神を象徴するものであって、のちの時代には「茶の湯の精神」として置き換えられて禅と融合し茶道として栄えたり、武士道以外の様々な「道」においても、精神的深みを伴った文化を熟成させるものだった。

茶道
華道
書道
剣道
武道
など、なんとなく知っているこれらの「道」はすべて剣禅一如の精神によって発展し、開花したものなんじゃないだろうか。それは、日本オリジナルの世界に誇るべき美と禅の文化だった筈だ。
佐藤一斎が霊言の中で語っていた「日本人が見失ってしまった何か」の答えがここにあるのではないか。

便利ツールを消費させられていれば何も考えずに生きていける現代は、精神的に洗練された「道」から遥か遠い場所に人間は追いやられ、豚のように食って寝るだけの動物とたいして変わらないレベルまで堕落しようとしている。
楽しい便利グッズを消費しているつもりが、時間という人生の肉体をグーグルやフェイスブックに食べられているようなもので、ほとんどの人間は人間としての精神の高みに辿り着かないゴミのような情報に人生を吸い取られていることがもはや分からなくなっている。
これは畜生道といっても差し支えない時代の病だろう。
人間が人間である所以は精神の高みや美しさを求めるところにあるのであって、自分が精神的な存在であることを忘れ、肉体や感情のみに奉仕する生き方というのは、動物と何ら変わりがないことを意味する。
そのような生き方に、人間として生きる深い喜びを見出すことはできないだろうし、究極の美としての自己犠牲の精神を理解することは決してできないだろう。


テクノロジーの発展を現代の「剣」として美しく使いこなすことは可能なのだろうか。
それは人類の創意にゆだねられるところだろう。
個人としての「剣」は日々の営みの中にある。
それは仕事であったり家事であったりするわけだが、忙しい日常において禅の精神を発揮するならば、仕事や家事を芸術の領域に高めていくことも可能だろう。
それは現代的悟りの精神と合致するところでもあると思う。

物や自分に執着せず、何事にも心を奪われることなく常に不動の叡智と一体となって万事に望むならば、最大の自己が最大の仕事を実現していけるだろう。
戦後に日本人が失い忘れ去ろうとしている、日本独自の純粋哲学を、文化レベルで今こそ開花させなければ、世界に対してなんら示すものはなくなり、日本としてこの世界に存在する意義も見いだせず、誇りもなく、ただ浮草のごとく漂い続け、やがて消し去られても見向きもされないだろう。


ネットワークで世界が繋がり合い、響き合う現代こそ、日本人が世界に誇るべき精神文明の在り方を示すべきときであるのだ。
おもてなしの精神とか言っているが、それが形式的なビジネステクニックの域にとどまるならば、やはり十分ではない。
ビジネスをはるかに超えた、「精神芸術」のレベルまで洗練してこそ、魂を圧倒するほどの深い感動を世界に与えうるのだろうし、そうあらなければ日本人が日本人として存在する意義がない。
ヒットする仕組みばかりがもてはやされる中で、「人の心」という人間そのものに深い喜びを与えるだけの芸術性を、仕事の中に、家事の中に宿す人間が一人でも二人でも出て来ることで、本物の日本の繁栄が拡がっていくんじゃないだろうか。


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人間が家畜のごとく情報に消費されることなく、真の意味で人間性に目覚めていけるような、精神の時代を開花させることが、今の時代に求められる「剣禅一如」の精神なのだと考えます。


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