心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

禅の精神を宿す

執筆中眠くなることが多く、何度となく横になって短い睡眠をとり、また起きて執筆するという繰り返しを昨日もしていました。
その中で見た夢がとても印象深かったのですが、本棚の下に宝石やネックレスなどが、白く繊細な綿菓子のようなほこりをかぶって沢山落ちているのに気づき、それを拾い集める短い夢というかビジョンでした。
宝石類はとても透明感があって、よく目を凝らしてみないと、そこにあることに中々気づけないのですが、注意深く目を向けるとそこかしこにあって、見つけ出してもらうのを待っているような感じでした。


これは僕がこのブログや執筆活動を通して、やろうとしていることを象徴するようなビジョンなのだと思います。
誰もが体験していながら見過ごしている、日常の中に潜む大切な心の宝石を、丹念に掘り起こし、磨きだして輝かせる。
魂の糧。生きる喜びを、神様が日々に与えて下さっていることを証明したい。
文章作品を紡ぎ出すことそのものに熱中していくうちに忘れてしまいがちなそもそもの原点を垣間見たような気がしました。


それにしても、小説を作っているときは本当に眠くなる。
ブログや人生相談の文章作るのとは全く違ったエネルギーの使い方をしているらしいです。
どうしたら眠くならないのかが中々つかめず、困っていたのですが、昨日はようやく解決の糸口を見つけたかもしれない。


どうやら正座をすると、僕の場合は精神統一のスイッチが入るらしく、執筆にもの凄く集中できることに気が付いた。
今まで物語の断片をとぎれとぎれつづり続けて来たのですが、正座しながら原稿に向かったら、かなりの時間を執筆に一点集中でき、ご飯も要らなくなる位まで没入できるじゃありませんか。
とはいえ正座そのもののきつさがあり、しょっちゅう足を崩したり、股の間にクッションを挟んだりしながらやっていたけれど、やはりどうしても正座を崩すと集中状態がとぎれてしまう。
これは作家としての死活問題とみて、正座用の折りたたみ椅子を発注した次第です。
まさかこのタイミングで正座に目覚めるとは思わなかった。

「剣禅一如」という言葉が出てきて以来、禅とか日本的な雰囲気が急激に密着してきている。
なんとなく落ち着くなと思ったので天照大神の掛け軸の前で正座して、やり始めたら、すこぶる調子がいいし、新しいインスピレーションもばんばん降りて来る。
自分に合うやり方って人それぞれあるんだろうけど、どうやら僕の場合は「日本的精神」がその世界に参入していくキーになっているようだが、まさかの正座かよ!ていう。
でも、居住まいを正して仕事に望むって本当に違いが出るものだと実感しています。ただただ剣を振り回すのではなく、そこに禅の精神を宿すことで「道」を開くのと同じことなのだと思う。


ということはカフェにPC持ち込んで執筆とかもう無理なのかな。だってカフェにあるわけがないもん。天照大神の掛け軸なんて。
去年末の生誕館&伊勢神宮ツアーの際に「いただきたいなー」っていう感覚がぐーっと強く出て来たので、その欲求に素直に従って頂いておいたのですが、まさかこういう形でお世話になろうとは思わなんだ。
本当に本当にありがたい。
執筆に一区切りつくか、年末かいずれかのタイミングでお礼参り確定です。


それとは別件で旅に出たい願望もこの頃強く出てきています。
けっこう前から台湾関係の活動をなにかしたいなという気持ちがあり、それにちなんだ構想も今降りてきていて、ついさっきから「行ってみたいな」となっている。
海外に足を延ばすのは15年ぶりになってしまうのか。にも関わらず、今の心境としては、九州北海道なんかよりも台湾の方が心の距離は断然近いじゃないか。。
なんかそんな「許可」が下りているような気もするので、行けるんじゃないだろうかと自分に期待しています。

なんて適度に楽しい気の散らせ方をしつつ、良き精神統一の時間を過ごすことが昨日からできています。


ある程度長い時間費やしたことで、「ゾーンに入った」という感覚がなんとなくわかる。
どこまで研ぎ澄ませていけるのか定かではないですが、できる限りの「最高の状態」を経験できるときに経験して掴んでおこうかと。そうすれば日常へと離れても戻る場所が分かる。
忙しい中においてα波動を保つとかよく教えに出て来るけど、一度もその状態に達したことのない人間が、雑然とした環境下でそのような状態に入るのは無理なんじゃないかと思う。いったん隔絶されたような磁場で時間をかけて、本物の禅定状態を体験しておかないと、本物の波動にどう辿り着けば良いのかまったく分からないだろうし。禅寺みたいな環境に引きこもり続けるのではなく、そうした清浄な磁場で得た心境を維持しながら、日常に降りていけるのが理想なんだろうなと思います。
心の中に「剣禅一如」と「天照大神」の掛け軸をいつも描いている位の状態でいられれば、カフェでの執筆もいけるそうな気がする。


あれ、なんか長くなってるな。
やはり凄い集中状態だ。
心の透明度。精神統一の偉大性を今、深々と実感させて頂いています。


どこまで深く挿し込むことができるか分からないけど、できるだけ深く長くを目指して、まずは今日の一日を過ごしていこう。
そうであってこそ、日常に散りばめられている心の宝石を、数多く見つけ出すことができるはずだ。
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