心のスケッチ  佐々木大記

真理探求の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学を現在制作中。近々電子書籍で第一話を発表予定。(2019.09.27)

日ノ本の心

am6:00 三時間ほど眠ったのだろうか。
昨晩就寝前の礼拝のインスピレーションを思い出そう。


「まっさらな白き心、潔白の心を作る。その上に太陽の心が宿る。それは日ノ本の心。日本精神。この国に宿されたる世界精神。
すべてが色を失うほど強い光で己が心に世を映し、ただただ白く染め上げる。」
そんな内容だったと思います。


民族主義的な意味合いでの愛国とか、国益の話ではまったくなく、神々の計画としての日本の位置づけというものがある。
一国が時代の中で力を持って、世界のリーダーとなるのとはまったく異なる日本の使命。
世界が一つになるべき時に必要な世界精神というものが、人類の歴史の底流で静かに保存され、伝承され続けて来たのが日本の意味なのではないかと去年末くらいからうっすら感じ続けていた。


それは「日本が優れている」というような、他の国と比べておごり高ぶるようなレベルの話ではない。
ここで言う「日本」とは、もはや国としての日本ではない。うまく言葉が出てこない。
世界に尽くす無私なる国。
世界のための「ひながた」という言葉がもっともしっくりくるかもしれない。
世界のひながたとして必要とされる時代が訪れた時に、その本来の使命を目覚めさせ、登りくる太陽のごとく燦然と世界をあまねく照らす「希望の鏡」。
希望というものをもし鏡に映すことができるとしたら、そこに映るべきありようは日本にしか示すことができない、天照大神の御心なんじゃないだろうか。


それは、神の御前にて恥じることなき潔白の心と世界にただ一つの太陽の輝き。


今の日本では示すことができない高みが、この国の歴史の中で保存されてきた精神文明の種子の中で眠っている。
それを目覚めさせる運動に関わりたいと思う気持ちがある。
政治的な野心ではなく、本来人間が目指すべき、気高い精神性に基づく文明創造であり、ユートピア建設における、真なる「美」と「豊かさ」の定義だ。
それは、「剣禅一如」の一語から編み出されるものなんじゃないだろうかと最近感じている。
「剣禅」とは精神性を伴う美しいありかた。
「一如」とは、一の如く、異なるものを一つに包み込む大きな愛。


公正
勤勉
忍耐
情け
奉公
義勇
謙譲
自己犠牲


世の中を駆け巡っているニュースを見る限り、上記のような美徳とされる精神から離れたところに今の日本はあるようにも見える。
いや、もしかしたら、太陽が輝きだしているからこそ、今までは闇夜に乗じて横行していたあらゆる悪業が、白日の下に晒され始めているのかもしれない。
そういう文脈で考えるなら、しばらくの間、見苦しい日本人の姿を見続けることになるのかもしれない。
そこに、潔白の心への目覚めが促されていく流れが、予定されているとも考えられる。

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そうであるならば、この日本が持つ本来の美しさと気高さを示す役割の一端を担える自分でありたいなと、自然に思える。
さもなくば日本に生まれ、観光ではなく一人で伊勢神宮に参拝している意味が分からない。
そう、なぜか行っているんだよな。そう言えば。


日本人として生まれたからには世界に示すべき精神的高みを、堂々と体現できるようになりたい。
そういう姿を示せる人間が一人でも出てきたら、日ノ本の心が必ず世界を席巻する希望の光となる。
それだけの圧倒的高みが日本精神には眠っている。
そんな訴えをこの頃強く感じています。


日本精神に宿されてきた美が、混沌とする世界に愛の秩序をもたらすべく奉仕する。
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