心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

大いなる力の中で

徐々に徐々に深い集中状態が長く続くようになってきていて、執筆生活と言うにふさわしい日々にようやくたどり着けた感じです。


少し前まではアイデアが浮かばないんじゃないかとか、ちゃんと完成まで持っていけるだろうかとか、作品には関係のない余計な迷いをいろいろ心に持ち込んでは重くなっていたけど、そういうのを全部取っ払って心を軽くしたら楽しんで原稿に向かうことができるようになった。


今は作品を書き進めたくてしょうがない。
従ってブログをしばし留守にしてました。


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こうなりたいなという理想像を現実に出来ていることが、とても幸せだ。
形として執筆中心の生活が出来ていることも嬉しいのだが、中身のあるものが出来上がっていく手応えがなによりもの褒美として心を満たしてくれています。


物語は思っていたよりも奥行きがあって、素通りしていた箇所から新しいシーンがジワジワと浮かび上がってきたりするので、意外と時間がかかっている。
発掘作業でもしているかのような感じがあって、掘り進めていくうちに新しい通路や部屋が見つかってだんだんに繋がりがはっきりしていく。
それによって前後が矛盾したり結末がぶれたりといったことが今のところ起きていないので、発想の迷路に迷い込んでいるっていうわけではないようだ。
物語をこの世に現す作業ってかなりおもしろいです。


やり続けるうちに、作品作りってこういうものなのかっていう自分なりの執筆の感覚もだんだん掴めてきた。


理想を描いて引き寄せるとか言うけど、とにかく経験しないと何をどう描くべきかも分からないもんだなと感じている。


今は無理やり金と時間の都合をつけて、「やってみた」っていうところだけど、その無理やりの突破が無かったら的外れなイメージングとかに時間を費やしていた可能性は高い。


何かしら行動があるからこそ、妄想ではなく、具体的に描くべきものを見つけられるのだなと、実感している次第です。


とは言え、
4月くらいまでは実際に具体的な行動をすること自体がとても億劫に感じていて、長い間足踏みをしていた。


本当にやれるんだろうかという疑い。
自分に対して失望する未来への恐れ。
体験したことのない理想を思い描くこともなかなかできず、手探りで進むしかなかった。
いざやり始めても迷いはあったし、そういう心が繊細に影響して執筆の妨げになることも全然理解できていなかった。


経験のない分野に分け入って道を切り開くっていう作業は、霊的な導きなしにできることではないのだなと実感している。


細かな方法論とか法則とかを自分がマスターすればできるという感じで考えていたけど、それは思いあがった考え方だったのだなと今は思える。


自助努力は大切な基本姿勢だけど、そこにしがみついてしまうと自我を増大させ傲慢になり、やがては自力天狗に陥ってゆく。
故に祈願は「修行」だと言われているのだとも思い至っています。


本当は大いなる他力の中でささやかな自力が許されていて、そのささやかなる限界にすらほど遠いところで小さく出来上がろうとしていたのかもしれません。


信仰をしっかり立てて謙虚に精進させていただきたいと思います。
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