心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

生活の景色と心の景色

昨日は以前からやりたいなーと感じてた部屋の模様替えを4~5時間やっていました。


毎度のことではありますが、すべての本を棚から降ろして、棚を空にして良い感じの場所へ動かすという手順を踏んでいるので、うちにあるほぼすべての本に手を触れることになる。


久しぶりに触れて「こういうのあったな」と再認識させられ、ほったらかしにしてすまん的な気持になっていた。
数百冊の経典のうち、前回の模様替え以来一度も触れていなかったものがほとんどだった。
しかも、前回は本の配置とかちょいと雑だったので、手は愚か目にも触れないような状態で収納していたものも多かったのだが、そういう雑な扱いって案外良くないことなのだなと、感覚的に感じるところがあった。というのは本を移動しながら触れる中で、変な話、本が寂しそうな波動を放っている感じが(笑)してしまいまして、「ああ、申し訳ないことしてしまったね。」なんてこと思いながら、今回はきちんとすべての本が目に付くように配置したのでした。


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部屋の半分は棚で埋まる


そして残り半分
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一体どういう生い立ちをすればこのような部屋になってしまうのだろうか。
僕の両親は幸福の科学の信者だが、だからと言って今の自分によう辿り着いたもんだなと不思議に思う。
なりゆき任せでは決してこうはならんかっただろう。
強く求めるところがあって常々自分にしっくりくる形を掘り起こし続けるような人生をたどってこうなってます。
今までにない新しい形をつくり出しているようで、どこか魂の郷愁を追いかけているようでもあり、ときおり「これってなんか懐かしい!」って思えるものや景色、雰囲気を見つけることも年々多くなってきていて、自分という存在を何千年という単位でおぼろげながら感じている今日この頃です。


本の話にもどりますが、本は読まずとも手に取るくらいのコミュニケーションをするようにしてみようかなと昨日ふと思いました。
対象となるのは主に経典ですが、一つひとつ触れるだけでも内容が心の深いところで「フワッ」と蘇るような感じがあったので、潜在意識レベルで光と繋がるちょっとした裏技になるんじゃなかろうかと。
実際ブログ記事なんか書いていても、知らず知らずのうちに近くに置いてあった霊言に影響を受けていたりすることもあるくらいで、「なんか激しいな今日」と思ってたら『吉田松陰「現代の教育論・人材論」』とか置いてあったりして(笑)、実際霊言や経典は霊的パワーを宿した物質なのだということは確かなことだと思われるのです。
『大悟の法』にも「経典は強い霊的磁石だ」なんてこと書かれてありましたが、その言葉通りただの本としてではなく、霊的エネルギーの塊としてもっと意識的に有効に使わせてもらおうと感じながら部屋いじりをしていたのでした。


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普通は神棚にお祀りするのでしょうが、あまりこだわっていません。
直感的にこうしたいと思うがままにやっています。
というより、「こうしてほしい」と感じるところもあり、そうしていたりするのですが。
ご縁を頂きたいと思ったらお札を頂くようにしています。
岩戸開きのときに舞を踊って神々を笑わせ、天照大神が岩屋から外へ出られたという逸話の神様です。


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逸話がどうというか、参拝した際に自分の霊体が強く反応したことが何度かあったお社だったので、頂いてきたのでした。
千眼美子さん関連の本でも同じような反応があったので、芸能系の霊界と何らかご縁があるっぽいです。
やはり魂の郷愁にしらずしらず導かれ、こうして何かしら見つけているのだと思うが、気が付くと部屋の一部として生活の中に溶けこませています。
そういえば、ただ生活をするだけの入れ物として部屋を扱うのは昔から嫌だった。
何かしらその時々の自分の趣味とかを反映させた基地を作るような感覚でいつもこだわっていたけど、そう考えると、昔から「自分」なるものを追い求めていたのだなとも思える。
信仰生活や創作活動などを通して自分自身の見えていなかった部分を発見していくほどに、自分にとっての「しっくり」が変化していき、今まで自分が普通に持つことのできていた価値観が共存できなくなったりすることもある。
そうなると大抵部屋の一部分にしっくりこない感じが出てきて模様替えとなる。
それをやらないでいると調子を崩したりするのだろうか。なこたないか。


とにもかくにもあらためて経典に触れる機会を通して気持ちも随分調った感じがするし、各種の作業を気持ちよく行える環境が出来上がったので、心はさわやかに晴れ渡っています。
今後はしっくり来ているかどうかに注視しつつ、随時調整をしていこうと思う次第です。


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