心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

簡単楽しい精神統一

心が調ってゆく


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お部屋の模様替えをして、書棚を整理して以来、やはり記事に書いたとおり様々な経典を手に取るようになっている。


たいてい手に取るだけでは気がすまず、ペラペラとページをめくってはいつの間にやらじっくり読んでいたり、乱読したりいろいろだけど、今更ながら経典って面白いなと感動させて頂いている次第です。


考えても見れば信仰生活の中で自分が最も楽しんでいたのが経典を読むことそのものだったな。。
読めば読むほど世界や人の見え方が変わっていき、自分の心の中のパズルが少しずつ埋まっていくような喜びが止まらず、教えを貪っていた。
忘れていたよ。


今になって気づかされているのですが、経典をとおして教えに触れるほどに心の調律がやりやすくなっている。
調子崩し気味だったのが普通に解消されている。
そういえば、
過去を振り返ってみても、忙しくなったりとかで、経典に触れる機会が減っていた時期に必ずしんどくなっていたな。
そういうことなのか。


反省やら修法やらやる以前の土台としての経典なのかもしれません。
思い知りました。



にしても、経典を再読するのがとても楽しい。
自分自身の認識力や関心領域が広まっているのもあって、今になって改めて新鮮な気持ちで読めるのが嬉しい。
貪るように買いまくってくれた過去の自分に感謝です。
法話は音声でしょっちゅう耳に入れているものの、文字で法に触れるっていうやりかたが自分にとっては効くのか、とにかく調子が良い。
意識があちこちに引っ張られなくなってきた。
というかあちこちに引っ張られていたんだなと、今振り返って認識できる。
要は精神統一のツールとして経典が役立ってくれているのか。


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心のスケッチ19.08.29


思い出した。
「読書はテレビなどと違って「読み取る」という能動的な努力を要するから、それ自体が瞑想になる」的なお話があったのを完全に忘れてしまっていたよ。
経典を読んで心の世界に意識を集中させることで心に意識が収まってくれたのでは。
今までそんな視点で経典を認識してこなかったな。


肉体や頭や自分の外にある他人やネットなどに随分意識を散らしていた。
意識が心をお留守にしてるうちに、にごった感情が入り込んで心の自由を失っていたのか。
なんて単純な。。。


でも気づけてよかった。
これはけっこーでかい。


気づきはいつも変化の後についてきます。
お導きありがとうございます。


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