心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

自由の道を開く

近頃おそ寝おそ起きです。


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6月までは早朝6時半が仕事のスタート時刻だった。
考えても見ればそんな早起き生活を2016年3月からずっと継続していたわけで、その影響で、「朝早く起きない事は堕落である」という刷り込みがなされていたのかもしれない。


7月以降仕事を減らしてからというもの、そういう無意識の刷り込みが入ってたことにいくつか気付かされている。


朝早く起きなくてはいけない
たくさん寝てはいけない
好きなことをやってはいけない
執筆を進めなくてはいけない
眠くなっても眠気をこらえて集中しなくてはいけない


明確にそう意識しているわけではないのだけど、その縛りに従うことで「努力してる自分」をこしらえて無意識に安心しようとしていたんだろう。


でも、結局ことごとくそれらの「いけない」を踏みつぶし、たくさん寝て好きなことをやり散らかしている。
意識的にそういう縛りと闘ったわけではない。
数々の「いけない」を踏み潰すのもまた自分の無意識であり、要は霊的指導だと思うのだが、心底「自分を信じきる」っていう境地に導きたかったものと思われます。


結果として「縛りを設けなければ堕落する」っていう自分に対する性悪説的な疑いの心を取り払うに至ったのですが、それまでの無意識下での「縛り」と「自由」との葛藤はすさまじく、そこに乗じる悪霊の影響なども含め、けっこー苦しい思いをしました。
その間堕落的状況に陥ったりと、常識的に観て自分を責めるべきなのではと思いたくなる状態になりつつも、常識を全部無視してただ自分を信じ切るという日々を長いこと過ごしていました。


その間に経典を手に取るとかさまざまな有効策に気づけていたら、早く抜け出せたのかもしれないけれど、「自分を信じる心」一本で乗り切るっていうことにはそれなりに意味があったのではないかと思っています。


智慧を駆使して上手に不調を脱したい気持ちもあったけど、根本的課題として「自分に対する疑いの解消」と「自分に対する信頼の確立」が中途半端になるくらいなら、不調も霊障も止む無しっていう思いがあったのだろう。
こっちもこっちでそのくらいの覚悟はできていたので、(とはいえかなりしんどかったけど)スパルタコースで鍛えていただいたのだと理解しています。
ありがとうございます。



今課題は自己信頼から自由の確立へと移行しているのかなと言う感じがしています。
信頼なくして自由を与えることはできないし、自由なくして創造の翼を広げることは叶わないだろうと思うのです。


自由とどう付き合うかということはなかなか難しく、以前の思い込み思考では「書かなきゃ」っていう義務感で原稿に向かう感じでしたが、今は「書きたい」と思わない限り作業に取り掛からなくてもよしという姿勢でやっています。
それで成立する心の状態を維持することに注力するのが本来のあり方なのでしょう。


ssktmnr.hatenadiary.jp


そういう考えで一つ一つの判断をするように心がけ始めて感じるのですが、常々自分を信じ、許し、愛していないと、自由は成立しないのだなという感じがします。


自由は自己肯定でもあります。
信頼と愛によって許された自由に対して、最高の選択を自然と求めるようになっていくのか、結局気がつくと凡事徹底的な行動をしていたりします。
頭をなでられた子どものごとく、喜びで努力したくなるようです。
自己肯定できない選択は自由ではなく依存と言ってもいいかもしれません。
依存は責任の放棄であり自由の喪失です。


朝早く起きなくてはいけない
たくさん寝てはいけない
好きなことをやってはいけない
執筆を進めなくてはいけない
眠くなっても眠気をこらえて集中しなくてはいけない


といった考えも「形式的な努力」への依存が生み出すものでしょう。
そこに自己肯定も自己信頼もなく、幸福もあろう筈がありません。
疑いによって自由を奪われて管理されるということは、人間としての尊厳に対する否定であり、故障品扱いを受けるようなものです。
そのような扱いを受けた子どもが喜びによって努力することは決してないでしょう。
そこに形としての作業が現れることはあっても創造はむなしいものとなるでしょう。



ゆえに今私は自らを信頼し、睡眠をたっぷりとりますし、執筆中に集中力が切れたらすぐに横になる。
経典読みたいと思ったら読む。
環境整備が必要だと思ったら迷わずそれに時間を割く。
気分転換がしたければ憂さ晴らしも良しという態度で生活しています。


一番やるべきユートピア活動としての作品作りが一番やりたいことであることを信じきっているので、すべてはそのための助走として必要なのだと理解して安心して自由にやっています。


結果として良いものが出来上がってきているので、その結果を見て自信を深めているところもあるのですが、やはりそもそもの根源にある「常識外れな自己信頼」の存在がとても大きなよりどころになっています。
その常識はずれな自己信頼の根拠は、「人間が神の子であり仏の子であり、無条件に愛されている」という信仰によってしか求められないものでしょう。
ゆえに私のおそ寝おそ起きは許されるのであるという弁明でした。



光と共にあり続ける中で生活習慣も然るべく変化していくのだと思われます。
時間の流れの中でより良いものが現れてゆくものだと信じています。
よりよきコンディションを目指しつつその時々でやるべきあらゆることに心を開いておくよう心がけてゆこうと思います。


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