心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

創作の神秘

創作活動をするうえで自分の意識を深い孤独の世界に参入させないといけないということが、この頃分かってきている。
ただ一人でいれば良いというわけではなく、寂しさを突き抜けてさらに深く孤独の向こうがわへと分け入った場所に、聖なる孤独の境地があるように感じられる。
これが本当の宗教的聖黙(しょうもく)の時間なのかもしれない。
ここへと入る前に必ず寂しさにおそわれ、元いたこの世の楽しい時間に戻りたくなるのだが、ここを静かに耐えて進むと不思議とその寂しさが嘘だったかのような安らぎの静けさが訪れる。
これが寂の境地ってやつなのか、文字通り寂しさに関係しているのかもしれない。


こんな境地に至らずともこの世的な組み合わせの創作はできる。
というかそれが世の中の創造の9割以上をしめるだろう。


7月以降仕事を減らして執筆に取り組んできたが、その中でもっとも力を注ぐことになったのは、創造の土台となる深い孤独の境地を掴むことだった。
それが最重要課題であることがなかなか分からず、とにかく作品を作り上げようと必死になっていたけど、結局うまくいかず、空回りし、七転八倒の日々も過ごした。
自分ががんばろうとすればするほど何も進まない状態が何度も現れ、どんどん時間が過ぎていく。
何が問題なのか推考を重ね、ようやく気付いたのは「本当の孤独」を受け入れられるかどうかの戦いであった。


自分は一人だし充分孤独だと勘違いしていたのだけど、実は寂の境地を目の前にして寂しさに負けてこの世的なにぎやかさや何かに依存できる世界に引き返し、孤独になりきれていなかったのだと思う。
心の中からこの世の出来事をきれいに流し去って、だれかと過ごす楽しい時間だとかもすべてお別れして、空しさを甘んじて受け入れる。
何も求めず、小さな小さな自分を受け入れると、徐々に霧が晴れていくかのように心が澄みわたってくる。
清らかな孤独の時間。
創造的清貧の境地。
そういうものを今垣間見ている。


どこまでのものができるのか、できているのか。
その判断は読み手に委ねられる。
批判でも良いから、この作品がどのように人の心に映るのか、その反応を知りたいと純粋に思う。
自分が今生み出そうとしているものが如何なるものなのかを知る日が待ち遠しい。


少なくともぼくにとってこの創作の日々は奇跡以外の何物でもない。


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