心のスケッチ  佐々木大記

真理探求作家の日々のひらめきを綴ってます。愛と幸福をテーマにした児童文学「ジル」を電子書籍出版で連載開始。http://pr4.work/3/jill(10/24)

条件から始めない。結論から。

意外なことに、はかどった。


今までは、周りの景色も見えなくなるほど集中した方が良いのかと思っていた。
昨日は若干やさぐれていたので適度に気を散らしながら執筆してたんだが、案外進んだ。
自分なりの息継ぎのインターバルがあるのかもしれない。
おかげさまで第一話が仕上げられる。
文章以外の表紙だとか奥付けだとかいろいろあったと思うけど、ようやく出すところまでは見えてきたな。。。


まだ振り返るのはよしておこう。
仕上がったらここまでの道をいったん振り返って記憶に残しておきたい。
私のようなへっぽこが意志を固めて行くまでの心の道筋も、きっとだれかの役に立てると思う。


幸いストーリーは結構先まで広がっている。
ネタ切れより鮮度切れの方が心配なくらいだが、チーズみたいな熟成期間があるのも悪くないだろう。
できれば、週一で一話出して、現在進行形の社会問題に絡めた物語にしたい。
まだ執筆ってどういうもんなんだろうっていうのも充分につかめず、息継ぎの適度なペースさえよく分かっていないくらいなので、どのくらいスピードアップしていけるか未知数だけど、理想は動かないのでいずれはそこに従わせていけるだろう。


そう、「条件から始めない。結論から」ってやつだ。
ssktmnr.hatenadiary.jp
思い出した。



「繁栄の神様は必ず未来志向」で、自分の理想を基準に現在を照らして足りないものを埋めていく。
て話を聞いたことがあります。
これはあらゆることに共通して言えることで、自分自身もできるだけ実践しようとしています。
じゃないと自分が今現在やれることしかやろうとしなくなるし、行動に一貫性がなくなり無駄も増える。
条件からはじめると必ず目標がぶれるように思います。
結論を定めないから無限に時間をかけられる。
結果がない=結果責任が生じないから負けることすらできない。
いや、負けるのがいやだから結論を定めないようにするのかもしれません。
現在執筆中の物語の主人公にもそういう葛藤は投影されている。
自分自身もそういう傾向は強かったし今でもあるかも。
特に外せないことや、一番大切な「本命」にたいしてはそうなりがちです。
部屋の模様替えとかそういうサブ的なことに関してはめっちゃ強気で結論から行くくせに。
コンセントの位置だとか、細かい条件一切考慮しないで、自分の中にすでに出来上がっている結論ビジョンをまず先に形にしてから、その他周辺のつじつま合わせをすると、いつも必ずうまくいきます。
結局、「結論を決めるのは自分だ」という確固たる意志が最強の根拠になって、必要なつじつまを引き寄せるのだと思う。
ストーリーの創作も同じだ。
執筆はゴールに向かう美しいつじつまを発掘していく作業のように感じている。
結論を決めずともキャラクターが勝手に動き出すとかいう作家もたくさんいるけど、そういう場合でもキャラの結論は潜在的に定まっているというか、キャラ自身の設定がちゃんとできていれば、そのキャラ特有の原因結果の基本原則がストーリーを導くことになる。
何を描きたいかがないまま、細かい条件だけ決めても、ストーリーは動き始めないのだ。


繁栄の結論は主の御心にある。
お金とか収入源だとか方法論だとかはつじつま=条件に該当する。
主を見失わないことが自らを正しい結論へと必ず導く。
そのように思います。


と考えるなら、今自分がなすべきは作品をどう仕上げていくか、とか、販売戦略だとかではなく、信仰を一層深め、主の願われる世界の「あるべき」姿をうかがい知り、その中での自分の最終目標を知り、その中でのこれからを知り、今日一日をうかがい知ることだ。
自分は作家であって作家ではない。
作家である前に仏弟子であり、神仏の理想の担い手である。


人間としての手先の努力やその結果として見えてくる新しい景色の中に感動も発見もあるだろうが、その中に埋没すると、本当のゴールに向かう美しい道のりを見失ってしまうだろう。
自分が今の現実に感じ得るよりはるかに遠い場所を、主と共に目指していることを忘れずにいたい。