心のスケッチ  佐々木大記

真理作家の日々のひらめきを綴ってます。電子書籍児童文学「ジル」http://pr4.work/3/jill 随筆note「本当の自分に目覚めるための物語」https://note.com/ssktmnr/m/m69f95d8d6351 を執筆中です。

新生のための「断ち切り」ができているか①

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自宅での落書き 2015.10月

 


久しぶりに文字入力をキーボードで

 


使えるかわからないけど、今自分が手打ちで記事を作っている様子を撮影している。
動画だからと言って、気張ってしゃべらない。
動きが少しあるだけでも良いかなと思う。
けど、一応BGMはいておこうと思い、中国のジャズシンガーの音楽を流している。



Ordinary People covered by Bei Xu



この人の歌は20代のころからから好きだ
ずっと飽きずに聞いていられる

風景が浮かんでくるようないい音楽だ。


職場のおじさんで音楽や文学についてよく話す人が一人いるのだが そういう話ができる人ってとても貴重だ。
2日前に友人とご飯を食べに行ったのだが全然話が合わなくてなんで彼女たちといまだに付き合っているのかよくわからないくらいに価値観が離れているなと思った。
それでもいまだに仲良くできるって不思議だが 違う世界の住人なのだという自覚ははっきり持った方がいいなと思った。


彼女らと会った翌日職場でおじさんとチャイコフスキーラフマニノフの話で盛り上がっていた。
どちらかといえば職場のおじさんのほうが文学や芸術など共通言語を持っているので一緒にいて生きた心地がするなと感じた。

 


「違う世界の住人」という言葉をつかったけど、人はそれぞれに違う世界を生きているのだとこの頃よく実感する。


彼女らと話していると話題は自分の心の「外」の話がメインになる。


会社の空気読めない同僚の話
よく顔を合わせるダンディで素敵な社長の話
イライラさせられる彼氏の話
ジャニタレの結婚の話


まあ普通ではあるのだけど、数時間一緒にいてうまく楽しめなかった。
(その物足りなさを補わんとばかりにスマホのカメラを前にぶつぶつ話し出したわけなのでそれはそれで新しい試みのスプリングボードにはなったのだが)


翌日職場でおじさんとおしゃべりしているときは打って変わって心の「中」の話がメインになった。


あれほど夜明けの情景が浮かんでくるメロディーをどうやって掴めたんでしょうね とか
あの作品のつくりには納得がいってないんだよね とか
あの楽曲は聞いてるだけで物語が印象で落っこちてくる とか


そんなやり取りをほんの30分ばかししたあと 自分の世界にもどってこれた感じがしてほっとした


自分の世界というより心の世界というべきか
そう 心の世界なのだ。それをいかに重ね合わせられるかが、コミュニケーションってもんじゃないだろうか。
会社の空気読めない同僚の話
よく顔を合わせるダンディで素敵な社長の話
イライラさせられる彼氏の話
ジャニタレの結婚の話で心を通わせあうのは僕にとってはとても困難なことで(ほかの話題でそれなりに楽しく話もしたけど)本来の自分の心とはさすがに遠いなーと感じるしかなかった。


思うに
人間は受動的に与えられた世界と主体的に創造した世界の二つを行き来しながら生きているのだと思う。
なんてことをおじさんとおしゃべりしたあとで考えていた。
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さて手打ちでの入力が本当に時間がかかると気づいたので音声文字入力 に切り替える
写真はおじさんとおしゃべりした後の夜10時過ぎ11時前に一人で病院で考えをまとめたノートの写真です
こういうことなんです
分かりにくいかなと思うので少し付け足しますけれども「違う世界」って言っているのは心の世界のことなんですけど このノートの中では受動的世界と能動的世界という風に表現しています

受動的世界っていうのは 受け身の認識の世界観で 自分の目の前にいろんな現実が現れて環境が作られているっていう世界観って言えば分かるでしょうか

でそれに対して能動的世界っていうのは自分の意思によって作り出している心の世界っていう 言い方で伝わるでしょうか 自分の主観で世界をとらえて自分はこういう人間としてこういう世界を生きながらこういう人生を作るんだっていうような考え方によって作り出している心の世界 創造した世界なんですけれども 僕が今回話した友人の彼女達とご飯食べたその日と次の日おじさんと一緒におしゃべりしたこの二日間で行き来した世界観というのは 受動的な世界と能動的な世界 を広く旅をしたっていう感じもするんですよね 彼女らと過ごした時間に話していた内容っていうのはまさに自分の目の前に現れた世界の話であり心の外の世界なんですねそれは目の前に現れた会社の同僚であったり彼氏であったりジャニタレの結婚っていう事件であったりという形なんですけれどもそこに主体的な自分の意思による心の創造っていうのは存在していなくて反応しているだけで 極めて受動的なんですね そういう世界の中で一緒にご飯とか食べていたんですけれどもずっと感覚的にその場の雰囲気を楽しんで終わるって言う まあそれはそれで楽しかったんですけれども何かこう虚しさが残るようなそういう時間に感じてしまいました

一方翌日のおじさんと30分程度話していた内容っていうのは本当に自分たちの関心の深いあまり他の人と普段は話せないような芸術の話であったりとかそういう内から外へとお互いの世界観を現して楽しむような時間だったんですね

快不快をただ反応しているのではなくお互いの心の情景を交換し合うような豊かな時間だったんです 振り返ってみればそういう違いなんだなーって今更わかるんですけれども

 

で彼女らの話を聞いていてものすごく思ったのはやっぱり受け身な世界でずっと生きていてそれで彼氏がムカつくとかまあ会社の同僚がありえないとかいろありがちなグチを普通に言うんですけど受け身に生きるよりはやっぱり主体的に生きた方が幸せなんだなっていうふうにすごく思いました

目の前に現れる現実のなすがままにされるのではなく 自分の心の創造性を発揮して良いところばかりが見えてムカつく暇がない彼氏だったりファンタジックな同僚を生み出せた方が楽しいと思うんです

ブーブー言っても他人が変わってくれるわけじゃないですから受け身で居続けるのは損だと思うんです

きっと誰もが最初はおぎゃあと生まれて 周りに大人たちがいて自分を面倒見てくれる人がいてで学校がそのうち現れて友達が現れてという形で受動的な世界を生きるんだと思うんですけれども 大人になっていくにつれてだんだんだんだんと自分の意志で自分の人生設計をしたり自分の理想や目標に向かって努力をしてそして理想や目標を現実のものにしてっていう形でだんだんだん受け身だけではなく積極的に自分の思い描いた未来を現実にしていくっていう形で能動的な世界と受動的な世界の両方を行き来できるような感じの世界観に大人になるに従って 歩んで行くっていうのが多くの人がたどっている人生なんじゃないかなと思います
その受動的な世界と能動的な世界をどの程度のバランスで持っているかっていうのは人それぞれに違っていて その観点でいろんな人を見てみると面白いなと思うんですけれども僕が見ていてこの人は立派だなとか 大人だなっていう風に思えるような人がたくさんいるんですけれどもそういう人っていうのは能動的な世界を自分で作り上げていきているんじゃないかなっていうふうに思います 言い方を変えれば 能動的な世界を 作っていくことこそが 人間として成長していくっていうことなのかなっていうふうに思います もう少し 分かりやすい言葉を使うとしたら能動的な世界っていうのは自分自身の心の王国といってもいいかもしれませんし自分の居場所っていう風な言い方でもいいかもしれないですけど 自分がどのように生きたいかっていうことに基づいて作った 自分の 人生を輝かせる世界 とでも言うんでしょうか そういうストーリーワールドを自分の中で設定して それを実現していくっていうのが 人それぞれの中にある成功のビジョンだと思うんですよ 僕自身はどうなのかって言うと 今まで実は僕は受動的な世界を生きてきたんだなっていう風にすごく思うんですねそれは与えられた世界の中で翻弄されながら生きているって言ってもいいでしょうし色んな人の目を過剰に気にしながら こんなことをしたらこういう風に見られるんじゃないかとか 人目を気にすることによって自分自身が 新しい挑戦をするとか積極的に行動するとか前に出るって言うことに対して 逡巡してしまうっていう傾向性が出ていたと思うんですよ
これって僕に限らず 実は多くの人が 持っている傾向で 自己変革をしたいんだけれどもなかなか変わることができない一歩前に出ることができないという人の 持っている世界観って実はこれなんじゃないかなっていうふうに思うところがあります 要は今まで自分が生きてきた世界 過去の自分自身にとらわれているんですね これがきっぱりと断ち切れていないと前に進めないんだと思うんです

 

 

長くなったので分割して次の記事に続きを乗せます。

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