心のスケッチ  佐々木大記

真理作家の日々のひらめきを綴ってます。電子書籍児童文学「ジル」http://pr4.work/3/jill 随筆note「本当の自分に目覚めるための物語」https://note.com/ssktmnr/m/m69f95d8d6351 を執筆中です。

ヒーリングからの降魔

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www.spacebrothers.jp
こちらのブログを拝読しているのですが自分がコメントした懐かしい記事がアップされていたので、6年後の経過報告としてお礼のコメントを入れさせていただきました。
よそ様のブログですので最低限の報告とお礼にとどめたつもりですが、実はもう少し深い話でもあるのでここで追記をしておこうと思います。


以下自分のコメントの転載です。


6年後の経過報告
懐かしい記事ですね。
せっかくですのであれからの変化をご報告しておきます。
僕自身がずっと感じていた自分のゆがみは「矯正すべき欠点」ではなく、押さえつけることで苦しんでいた個性の現れであったことに気づきました。
僕はADHDで個性がはみだしがちなのですが、教育環境の影響もあり、それを子供時代に欠点として認識して押さえつけるようになったため、常に自分の愛すべき一面を心の奥底に閉じ込めて隠しているような状態でした。
自分では欠点を克服しようとしているつもりでいたのですが、実際にしていることは自己否定でしたので、それが常に欠落感を付きまとわせる原因となっていたようです。
その結果、自分で作った欠落感の穴埋め作用として無意識に様々なことに依存していたようです。
お酒、人間関係、非行行為、仕事、自己啓発、漫画や動画などの娯楽、宗教など、努力と堕落、善悪の境なく心の隙間を満たすものであればなんでも飛びついてしまっていたのだと思います。
自分が生きて存在する意味を見つけるために必死だったのだと今は理解できます。
このことに気づいてから、堕落や悪徳に向かおうとする心が出るたびに、そんな自分を裁いたり否定したりせずに、受け止めて愛するように心がけました。
それからの変化は速く、お酒などの逃避的な行動やそれ自体への関心がなくなり、自分が本当にしたいことをいくつも発見し、それに素直に取り組めるようになっていきました。
また、努力や啓発的なことに関しても、「こうしなければいけない」的な強迫観念から解放され、自然な成長意欲に基づいて没頭できるようにもなってきましたので、現在はとても楽に自分を楽しめています。
本当の自分自身を愛することで傷やゆがみを治癒することは、マイナスをゼロにするだけではなく本来のプラスを生み出す効果があるのだと実感しています。
こちらで癒しの波動を頂けたおかげさまであるのだと、久しぶりに記事を拝見して思いましたので、お礼を伝えさせて頂ければと思います。
僕自身も世界に癒しの波動を広げられるよう道を歩んでいこうと思います。
ありがとうございました。

↓ここからが追記

思い出したのですが、
自己否定をやめてゆがみのように感じられる自分を受けとめ始めてから、一時(一か月ほど)かなり不安定な時期があり、それを乗り越えてからの自分の変化でした。
その試練の一か月は、30年近く抑圧されてきた個性と同時に、抑え込んでふたをしたネガティブな思いが浮上していたのだと理解しています。
その一か月に突入する前に実はある決意をしていました。


それまではダメな振る舞いに陥ろうとする自分に対し、善悪の観点で自分を裁いて「お前はダメなんだ」と否定し、厳しくしつけようとしていたのですが、(そういえばそういう教育方針の学校の下で子供時代を過ごしていたな)強制的に抑圧しなければ善良に振舞えない状態は絶対におかしいと感じるところもありましたので、「何か理由があるのだろう」という姿勢を持って、暴れ馬のように荒ぶる自分と向き合うことにしたのです。
その結果だんだんと心の中の暴れ馬も落ち着いてきて、原因が見えてきて、「今まで否定してきた自分自身との信頼関係の修復」が一番大切なことだと感じましたので、どんなに不安定になろうとも自分自身の善性を信じて疑わず、愛する姿勢を貫こうと決意したことを覚えています。
ダメな振る舞いに囚われようとする自分の中に「追い出すべき悪魔」ではなく、「名誉を回復すべき傷ついた自分」がいるのだという観点で向き合うことにしたのです。
その決意が試練の一か月の始まりでした。

一か月くらいの間に堕落、依存、憎悪といった抑圧に反発するかのような自分が総攻撃という感じでどんどん出てきていたのですが、そんな荒れる自分をも信じて愛する姿勢を崩さずに貫きました。
(個性そのものを否定され続けて閉じ込められてきた存在ですので、積年の悔しい思いが出て当然だとも思いましたし)
今思うとこれは本当に無償の愛ですので、主がそばについていらっしゃったのだと思います。


この流れの中に乗じる悪しき霊的作用というものも勿論あるのですが、インナーチャイルドに対する癒しを根気強く働きかけていかないと、周辺にまとわりつく未浄化なエネルギーを払う力をインナーチャイルド自身から引き出すことが困難だったのではないかと思います。
こちらがどんなに前向きになっていたとしても、ようやく外に出てきたばかりのインナーチャイルド自身は簡単に納得してくれないため、積極的にネガティブ(日本語としておかしいですが)な波動を出しているわけで、これをポジティブに持っていくための時間がある程度必要だったんじゃないかと思うのです。
今思うとやり方として非効率なところもあったような気もしますが、「本質は外していないよな」とも思います。


この件に関しましては去年末におそらく記事としてあげているとは思いますが、改めて振り返っておきます。
何でもかんでも時間をかけて追及すれば良いというものでもないとは思いますが、「なぜか繰り返される不調」の中に悟りと発展のチャンスが宿されていることもあるので、何か気づくべき本質、癒すべき傷が隠されているんじゃないかというその気配に気を配ることはとても大事なことなのではないかなと思います。


「降魔からの発展」という言葉もありますが、「ヒーリングからの降魔」ということもあるのではないでしょうか。
幸福の科学的な話として、会内の流れとして病気直しの映画やケリュケイオンの杖の去年があって、今年の「降魔」ということですのでそんな順序もあって「発展」のゴールデンエイジへ向かうことができるのかなという感じもします。
降魔の前に癒すべき傷から目をそらしていないか、自分自身に問うてみるのも良いかもしれません。
という考え方で行くと、去年の自分の流れはそれなりの霊流に則ったものだったのかなとも思えます。


魂修行って自分一人の力で成り立っているわけではなく、その時々の霊流の力を借りながらやっていくものなのだとも思います。
僕自身もまた今年は今年で突破しなければならない己心の魔との戦いがありますし、自己変革に果てはないのですが、その時々で自分なりに語れることを書き残しておくことで、発展的な霊流の一つになれたら嬉しいなと思う次第です。
信者であるかどうかに関わらず、多くの光の仲間たちの力を借りながら成り立っている人生ですので、少しでも恩返しできるような自分でありたいものです。


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