心のスケッチ  佐々木大記

真理作家の日々のひらめきを綴ってます。電子書籍児童文学「ジル」http://pr4.work/3/jill 随筆note「本当の自分に目覚めるための物語」https://note.com/ssktmnr/m/m69f95d8d6351 を執筆中です(^^)

再建の精神

うーむ
スーパーの棚がまあまあスカスカだ。
俺は独り者なので売れ残ってるモノで適当に生き延びて行けば良いけど、家庭は大変だよな。
宗教コミュニティーがこういう時の助けになれるよう、地区ごとにフードバンクシステムを作っておくとすごい良い伝道になるんじゃないだろうか。
行動が制限されていく中であっても地域ごとに独自のディフェンスシステムがあることで混乱の抑制にもなると思うし、草の根での貢献活動こそ宗教コミュニティーに期待できる強みだと思う。
オウムで失墜した信用を宗教界は積極的に取り戻すべきだと思うし、地域パワーを活性化させることは小さな政府を実現していく力にも繋がる。
バラバラになってしまった人と人との繋がりを小さな規模から強くしていくことで「連帯文化」を促進していくことが、実は次の国造りの始まりなのかもしれない。
育児や介護の中には助け合いのレベルで解決可能な問題も沢山ある。
近所にいくらでも人はいるのに誰にも相談できない。「助けて」を言えない。「大丈夫?」を言えない。まるで独房のような社会を、そろそろ変えるときなんじゃないだろうか。


オリンピック開催もどうせ延期するならしっかりとした都市開発をやれば良い。
競技場作って終わりじゃなく、すし詰めの満員電車にならないような輸送システムを開発すべきだし、ヒートアイランド対策や水害地震対策、停電対策、疾病対策、テロ対策などを設計的に解決する安心な未来都市をデザインする。作って終わりじゃなくその都市システムを輸出する。さすがに時間たりないか。
でも世界中から日本に人が集まる機会に日本として地球の進化に貢献するくらいの気概を示す気がなく、単に自分の国の景気刺激くらいしか考えられないのであれば、あんまりやる意味ないし、国民的にも盛り上がらなくて当然だ。
世界に貢献する民族としてのほこりを背負ってこそ「日本代表」を応援したいと思えるのではないか。選手も燃えるのではないか。


今の日本人の姿、日本という国家の姿は誇らしく気高いものだろうか。
代表する以上は胸を張るに足るだけの崇高な国であるべきではないか。
応援する以上は愛するに足るだけの国の姿があって然るべきではないのか。


今の歴史認識で言えば、日本を代表する選手は日本を代表して謝らなければいけないことになる。形としては「そういうのを持ち込まずに純粋にスポーツで」となっているわけだが、代表と言う以上は国家としての何らかのアイデンティティを背負うということだ。
それはオリンピック選手に限ったことではなく、世界に接する日本人一人ひとりに覆いかぶさってくる。
日本で目にする中国人を見て、条件反射的に何らかのネガティブなイメージを想起する人は多いはずだ。それと同じことが日本人においても当然なされていることを考えなければならない。
日本が注目されるタイミングで日本という国が如何なる国家であるかという世界的共通認識は定められていく。
過去の文化的遺産としての日本は非常に愛されているようにも思える。
清潔で治安がよく快適でご飯も美味しい。エキゾチックな風景も楽しめるユートピアだ。
しかし一方ではそこに現在進行形で生きている日本人がどのようなカルマを背負っていると認識されているか。過去の文化遺産の上にいるだけでなく、新たな日本を育んでいるか。未来世界に対してどのように受け止めているのか。そのようなことを考えるとどうも現在の日本は未来のない遺跡のようなものに見えてくる。そこに暮らす原住民は観光収入で何となく暮らしていくだけ。訪れる人も日本の未来や人ではなく過去の風景や手付かずの田舎にばかり目を向ける。現在進行形の独自の文化と言えるだけのものはお寺と神社。そんなもの日常レベルで意識している人はいない。皆働いて食って寝るだけじゃないか。
人も地域も都市も国家も形骸的であり、惰性で生きている感が否めない。
ゆえに地域コミュニティレベルから血の通った国造りを未来の子供たちに向けてやり直すべきだし、人と人との繋がりを保持している宗教界がそれをバックアップすることで、遺跡化した国家に魂を吹き込むことができるのではないかと思う。
今後天変地異で電気水道が止まることも加味して地域による電力供給や井戸の備えを考えても全然変じゃないと思うし、やれる事は沢山ある。
何でもかんでも国に期待せず、地域でやれる事をどんどんやって行くことで、こちら側から政府を小さくしていき税金や医療費を縮小していくこともできるだろう。